2018年04月20日

答えのない答えを導き出す

10日ほど前に義父が緊急入院。
敗血症という怖い病名をもらいながらも、ようやく徐々に回復し、退院許可が出た。

熱が下がった数日前より義父は、とにかく家に帰りたがっており、お見舞いに行くと
「頼むから一緒に連れて帰ってーな。頼んますわぁ!」と懇願する。
もちろん受け入れることはできないので、なんとか諭そうと声かけをするが、
「いやや!いやや!」と5才の駄々っ子のように繰り返す。

昨日も病室のベッドへ車椅子から移動するのを拒否し、「帰る!」の一点張り。
結果、看護師たちに身動きできないよう両手を拘束された上、別室へ連れて行かれた。

義父は認知症ではない。
それどころか、頭はかなりハッキリしていて飲み薬の管理も自分でキチンとしているくらいだ。
こんな“子ども返り”状態になったのは、義母も初めて見たとのことで驚いていた。

退院後の生活はどうするか。
その答えに、子である主人と義妹の意見は一致していた。
「施設に入居させるしかない。」と。

義母も、「私には面倒がみれない。」と施設入居に賛成の意向。

しかし、どう見ても義父は施設に入らなければ、どうしようもないほどの状態ではない。
入院時は足腰が立たなかったが、今ではかなり回復している。
ただ、入浴は自宅の狭い浴室では難しい。そこはデイサービスを利用するとして、自宅で生活を続けることができるように感じた。
なんと言っても、あんなに自宅へ帰りたがっている義父が施設へ入ることを受け入れるとは思えない。
無理に入れてしまうことは可能だが、それでは義父の精神はますます壊れてしまい、そのうち本当に認知症になってしまいかねない。

それでいいのか?

「いいんや。施設に入れてしもたら、いいんや。」と主人が言う。
「おばあさんと共倒れになってしまうのが一番怖いから。一緒に生活するのは無理!」と義妹が言い切る。

確かに、介護することになる義母の負担は大きい。
義母が倒れてしまっては、どうしようもなくなる。
しかし…
89才の義父と84才の義母の残りの人生の過ごし方を、どうしたら一番良いか。
ただ命を長らえるだけが生きていることでは意味はない。
できるだけの期間、少しでも長く幸せを感じながら暮らす方法を探したい。

まずは介護に自信がないという義母に、義父のリハビリの様子を見学してもらった。
入院前は歩けずに、抱えて大変な思いをしながらトイレに連れて行った義父が、手すりを持って数メートル歩ける。
玄関の上がり口の一段が昇れるか、階段を使って練習したら、これもクリア。
最後に、実際にトイレに行ってもらい、ズボンの上げ下げ、腰かけが自分でできるのかも見てもらった。これは私は廊下で待っていたけれど、義母にはできることを確認してもらった。

それでも義母は自宅介護に自信がないと言う。
退院後の生活が描けず、不安が募り、押し潰されそうになっているようだ。

布団の生活からベッドに変える。
ちゃぶ台のお膳をテーブルとイスに変える。
玄関の上がり口に、手すり付き踏み台を設置する。

昼はデイケアへ通わせ、週2回はショートステイを利用する。
夜間、困ったことがあった時に頼りになるナイトケアも申し込む。
訪問看護も週1回。

介護保険の利用点数をオーバーしてしまうが、当座は手厚く備え、
生活が落ち着いたら、デイケアの日数を減らすことも検討。

そこまで提示しても、まだ義母は不安で迷っている。
「何かあった時、私じゃ…どうしようもない。」

高齢の義父、“何かある”ことは、ほぼ間違いない。
だけど、施設に入れていたって、“何か”は起こるし、
帰りたがっている家に帰らせて、好きにさせて“何か”が起こっても、
それは、お母さんの責任ではない。誰のせいでもない。

そう話すと、ようやく義母はうなづいた。義妹も「そうや。」と同意してくれた。

実際に家にベッドが運び込まれ、設置されると義母も退院後のイメージが湧いてきたようだった。
紙に退院前後のスケジュールを書き出し、確認すると頭の中が整理できた様子。

それで、お見舞いに行った際に義父にも退院までのスケジュールを紙に書いて説明すると、
納得し、穏やかな表情になってくれた。
「一体、いつまでこんな所(病院)にいなければならないんだ!?」という苛立ちが
退院日というゴールがはっきり見えたことで収まったようだ。
なんだかんだで義父は元気だ。

さて、ここ数日は忙しくなる。
退院後、義父がおとなしくデイケアやショートステイに行ってくれるかも、かなり心配だが、
先々の心配はせず、その場その場で最善を尽くすしかない。
そして、なるようになると大きく構えなきゃ…仕方ない。
posted by める at 21:18| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年04月18日

サザン新曲!「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」



朝から嬉しいニュース!
サザンの新曲は映画「空飛ぶタイヤ」主題歌
「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」

映画も面白そう。
そして、男たちが懸命に戦うこの映画をグッと力強く下から支えるような主題歌。
全歌詞も既に公開されているんだけど、
…すごいなぁ、桑田さん…
歌詞見ただけでわかるやん…ええ曲やん、これー!!!

みんな自分の持ち場で懸命に毎日、踏ん張ってる。
譲れない何かを抱え、背負い。
時に、その信念さえも理不尽に奪われそうになる向かい風に煽られながら。
まっすぐに立とうとすればするほど、風当たりは厳しい。

この曲に共感する社会人は多いんじゃないだろうか。
フルで公開されるのがとても楽しみだ。

私もねぇ…
今、ほんとに何をどう判断すべきか、何を大事にすべきか、どの視点で考えるか…答えを出しにくい問題の答えを今日中には出さないといけないというね…
なかなか厳しい戦いの最中にいて、
この新曲は…嬉しい。

歌詞全体の世界のような企業戦士では私はないのだけど、
高齢の母、義父が入院し、退院後をどうするかの選択に迫られている今の状況…
公開されている部分の歌詞はとても心に寄り添う。

♪寄っといで巨大都市(でっかいまち)へ
♪戦場で夢を見たかい?
♪しんどいね 生存競争(生きていくの)は
♪酔いどれ 恋も捨てて…


どうしたらいいか、どの選択が正解かはわからない。
どの選択も後悔が待っていそうな予感に、足がすくみそうになる掴みどころのない世界。
だけど期限は背中から追い立ててくる。
知恵を絞り、工夫を重ね、成功したかのように見えたのも一瞬。
次の瞬間には裏切られ、努力はあっけなく砕け散るのも、もう何度目か…。
…ほんとしんどいんですよ…
生きるための選択に苦しんで、ふと死にたくなる。
なぐさめるように言われるのでなく、こんなふうに戦う同志として、「しんどいね」と歌われる方が胸に自然と入って来るわ。
恋を捨てたくはないんだけど…実際、恋とか言ってる状況じゃなくて最近、枯れてるわ~~~~…
ダメねぇ…
浮かれたようなことばかり言っていた私なのに。
潤い欲しい…

兎にも角にも、サザン新曲の報は嬉しい!
6月配信ということは、そのあたりでドン!ドン!!ドン!!!と活動が活発になってくるんだろうなぁ~
ライブツアーに、テレビ番組出演…きっと忙しくなるね。
サザンの熱い夏が来る…!!
posted by める at 08:52| Comment(4) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年04月14日

昨日、彼女と別れたんすよ

うちの母に続いて、義父も入院。
緊急搬送に付き添い、救急車に義母と共に同乗した。

義妹には三人の息子がおり、義父への見舞いには彼らが順に運転手になって車を出してくれる。
うちの娘たちと一緒におじいちゃん、おばあちゃんの家で泊まったり、お正月やお盆を一緒に過ごしたのは、彼らが幼稚園や小学生の頃、もう十数年前だ。

5才くらいでイメージが止まっていたやんちゃでどうしようもなかった男の子が
急に、ぬッとした金髪パーマの大柄なおにいちゃんになって
「あ、どうも。おひさしぶりです。」なんて言うものだから面食らってしまう。

もし道で擦れ違っても、この風体では到底気づけない。
義妹宅の最寄りの駅は私の勤務先と近いので、出くわすこともあるんじゃないかと思っていたが。

「あ~、でも俺、駅にはいないっすよ。学校行ってないんで。」

行ってないんか~い?!
行けよ!大学!!

「俺、浪人してるからみんな年下で酒も弱くて。
ちょっと感覚違うんですよね〜。」

なるほど。わからなくもないが…。

「でも引きこもってませんよ。バイト行ってます。
毎日。夜勤も続けて入れたりして。」

あらら、それじゃ昼夜逆転でますます大学に行けないわ…。

「卒業は大丈夫なんですよ、単位は取れてるんで。
卒業はしたいですね。」

してくれよ…卒業。
つか、就職は?!

「あー、俺、やりたいこととかないんですよねぇ〜…」

ないことはないやろ?!
何か好きなものとか、こだわりたいこととかないの?

「…ないっすねぇ〜
俺、何でも器用にできちゃうんですけど、特にできることってないんですよ。
長所がないって言うか。」

あるよ!長所は。

長所のない男だと自分で思ってちゃ、くすんでしまう。
プライドの高さはチラチラ見えるのに、一方で卑下するアンバランス。
学生の若さが眩しい。
でもそろそろ就活を意識する時期にこれではいけない。

君は人当たりも言葉も柔らかく、人の話も聞けて話がちゃんとできている。
営業だってできるよ。
長所はある。周りの友達に長所を聞いてごらん?

「長所って人に聞くもんすか?」

客観的な視点からの意見で見えてくる自分もある。
実際、就活が始まってから次女のゼミでは互いの長所を挙げていくという時間があったと言ってたし。

そんな話から次女の恋人の話をしたところで、急に

「俺、昨日、彼女と別れたんすよ。」

ハンドルを握り正面を向いたまま、何気ない口調で彼が言った。

あ…そうなん?
後部座席で隣に座る義母と二人、二の句が継げない。
……リアクションに困るわ!!

「ハハハ。まあ、いいんですけどね。
俺はいいんですけど、彼女がね、いいのかな?と。
これを逃したら後がないんじゃないかと。」

ほぉ?つまり、
俺以上の男はこの先、お前は見つけることができないぜ?宣言ね。
やっぱり高いな!プライド。

「年上なんすよ、彼女。23。
いいのかなぁ?って」

いや、あんた学生やん。
23で学生と付き合ってる方が、いいのかな?よ。

驚くほど赤裸々に語り始める彼の言葉の裏には、明らかな未練が見える。

「ケンカして。口喧嘩。
俺、口喧嘩しちゃうんですよね。
で、絶対こっちが正しい!ということを言ったんですよ。
そしたら、彼女がもういい…って言って…。
俺が正しいんですけどね。」

あー…。

「彼女…、頭、良くないんすよ。
だから言い返せない。」

良くないんかい…

「俺、いつも一回寝て起きたら
あー…しまったって思うんすよ。」

しまったって思ってるんや。

「思ってますねぇ…
で、またバイト先で会うことになるし。」

あ、それならまだどう転ぶかはわからないわよ。
顔を見たら…ね。違うよね、LINEのやり取りとは。

「そうっすね。」

相手より優位だと思うなら、余計、逃げ道を確保しておいてあげないと
窮鼠猫を噛む。
きっとそれ、彼もわかってるんだろうけど、ケンカに火がつくとブレーキが遅れるアンバランスさ。
病院まで送ってくれる車の運転は、とっても上手だったけどね。

21才の男の子の青さを目の当たりにした。
次の日、義母も
「自分のことをあんなにしゃべるなんて。」
と驚いていた。
きっと両親にも話していないだろう話。
彼女と別れて一人悶々としていた気持ちを吐き出せて、少しはスッキリできたかな?
posted by める at 11:23| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年04月06日

はじめての言葉

長女が赤ちゃんの時、初めて喋った言葉は
「どーち」だった。
小さなぬいぐるみのぞうが付いたキーホルダーを握らせて、
「ぞうさん。ぞうさん。」と何度も言い、童謡の「ぞうさん」も歌っていると、
長女がぬいぐるみを見ながら「どーち」と言った。
それが私の口真似の「ぞうさん」であり、手に持つ象のぬいぐるみのことを指しているのがわかり、
ひとが言葉を獲得した瞬間を目の当たりした私は感動に胸が震えた。

次女が最初に口にした言葉は、可哀想に
「いや!だめ!」だった。
あまりおしゃべりではない次女だったが、2歳年上の長女におもちゃをとられると
はっきりとした大声で「いや!」を言えていた。
それでも長女は平気でおもちゃを次女の手から奪い、返さないので結局は大声で泣いていたっけ…。
下の子は本当に不憫だが、こうしてたくましく育っていく…。

そうして今日、母が言葉を話した。
2月に脳梗塞を再発し、左脳の言語分野がやられ、
医師に「言葉を理解することも話すことも、リハビリをしても回復は見込めない。」と言われたばかりの母が、だ。
きれいな話でなくて恐縮だが、母は痰が喉に絡みやすく、
日に何度か吸引して取ってもらっている。
細い管を鼻から喉の奥まで入れて吸い取る。
当然、つらい。見ている方もつらくなるほど。
しかし、痰が絡んだままだと肺炎のリスクが高まるので吸引は必要なのだ。
看護師さんも
「ごめんねぇ、いやなことをして。タン取れたよ。もう終わり!」
と声を掛けてくれ、私も
「タンを取るのもつらいし、タンが絡むのもつらいし…どっちもつらいね。
でも、タンが取れてスッキリしたやろ?」
と母の喉元を撫でながら声かけした。
すると、母が細い声で
「…たん…たん…たん…」
と三度繰り返して言った。
思わず、そばにいた父に
「今、タンって言ったよね?」と確認した。
確かに母は言葉を発した。
言葉を母は手放さなかった。

リハビリ病院へ転院してから、定期的にお風呂へ入れてもらい、朝と昼にリハビリを受け、表情も良くなっている。
いろんな刺激を受けることによって、脳はまだまだ活性化する。そう信じて、諦めずにいたい。
posted by める at 23:03| Comment(4) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年04月02日

散らないで桜

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脳梗塞で緊急搬送、手術。
…からの肺炎。治ったと思ったら、また繰り返す肺炎。
2ヶ月を経てようやく母の容態も落ち着き、リハビリ病院へ転院できた。

転院前も後の担当医師も、CT画像を見ながらリハビリをしても回復は見込めないと告げる。
命は取り止められたものの、今回の脳梗塞の影響は大きい。
高齢、しかも既に脳梗塞を何度か繰り返していることもあり、
リハビリを行なって日常生活に戻るというのは、かなり困難であろうことは私にも理解できる。

それでも、目標は自宅へ帰ることにおきたい。
住み慣れた家での生活に戻るのが理想。

しかし、鼻からの流動食の今の状態では家で父が面倒を見るのは難しい。
ヘルパーさんに来てもらうにしても、やはり食事は口からの状態であってほしい。

嚥下(飲み込み)のリハビリをするかと問われ、したいと答えると
そのリハビリをしたことによって、誤嚥性肺炎を引き起こし、死なせてしまうかもしれない。
それでもしますか?と聞かれた。

さすがにすぐに言葉が出なかったが、それでもしたいとお願いした。
栄養をただ体内に入れて、味を感じることなく、ただただ生きているよりは
食べられるようになって、生きる楽しみをもって暮らして欲しい。
父も同意見だった。
母本人の言葉は聞けないが、先日、鼻へのチューブを自分で引き抜こうとしたくらいだから、やはり今の状態に不満なのだ。

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この判断を悔いる日が来るだろうか。
しかし、こう判断しなかったら後悔することになると思うから。
リハビリの様子を見ながら、理想と現実を上手く折り合わせたい。
posted by める at 23:35| Comment(2) | 日記 | 更新情報をチェックする