2020年07月06日

「Bye Bye My Love(U are the one)」4

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【第10話】

日曜の昼の飲食街は、どこの店も混んでいて満席だった。
ビルの最上階を一周したが、結局、エレベーターで一階に下りることにした。

建物から出ると、強いビル風が吹いていた。
木村くんの背中に隠れて髪を押さえる。
彼が肩越しに振り返り、何かを言った。


「こっち。」


強風で、よく聞き取れない。


「え?」

「こっちに。」

「聞こえない。」


次の瞬間、木村くんの長い腕が私の肩を包んだ。


「こっちですよ。こっちにいい店があるんです。」


抱き寄せられて、一瞬、頭の中が真っ白になった。
きっと顔が赤い。上を向けない。

彼の腕のぬくもりを感じて、心の真ん中に冷たい水が、ぽとりと落ちた。
・・・・まずい。
これは、いけないわ。

早足になって、彼の腕の中から抜け出る。


「いい店?」


笑顔を作り、微笑みかける。


「うん。とっておきの秘密の店に案内しますよ。」

小さな路地を抜けた行き止まりにある洋食屋。
小さな看板の小さなお店。
昭和の中頃から、そこだけ時間が止まったようなレトロな空間。

驚いたような顔をしている私に木村くんは得意げに言った。


「おいしいんですよ、ここ。」


重いガラスのドア。真鍮のノブを押して開けると、目の前に厨房。
糊のきいた真っ白な仕事着のシェフ達が笑顔で迎えてくれる。


「いらっしゃいませ。2階へどうぞ。」


狭いきしむ階段を上がり、丸いテーブルの席につく。
赤いギンガムチェックのテーブルクロスが、かわいい。
差し向かいに座って、どちらからともなく笑顔になる。

ふわりとした黄色い卵でくるまれた大きなオムライス。
トマトケチャップがたっぷりかかっている。

白い紙ナプキンで丁寧に包まれたスプーン。
なにもかもが、懐かしく、気持ちをほぐしてくれる。


「おいしいね。」


一口食べて、思わず言うと、


「でしょう?」


満足げに木村くんはうなづいた。


「知ってる人は知ってる有名な老舗の洋食屋さんでね、
俺は高校が近かったから、ここに時々来たりしましたよ。」

「そうなんだ。」

「もう8年くらい来てなかったけど・・・、全然かわってないや。
店も、味も。」


そう言って優しい目で私を見つめた。
私も少し微笑んだ。
でも、その瞬間、私にはわかった。


彼は、今、別の女の子の影を見た。
私を通して、高校の時の彼女を見た。

気づかないうちに浮気され、突然、別れを告げられたと話してくれた、
あの彼女だ。

きっと、木村くんは彼女とこの店に来た。
そうして、このテーブルにつき、少し緊張しながら食事をしたのだ。

本当のことを言うと、
私もこの店には来たことがあった。


木村くんたちよりも、ずっと前。
もう16年も前のこと。
結婚する前、付き合っていた恋人に連れてきてもらった。


その時はロールキャベツを食べた。
それがこの店の名物だと恋人が言った。
そう、あの隅のテーブルだった。
まだ付き合い始めて間もない頃だ。
私は少しはにかみながら、ぎこちなくナイフとフォークを使っていた。
彼の話す声、彼の吸う煙草の香り、私の頬に触れる彼の指の感触・・・


木村くんの口元、そう言えば彼に少し似ている。
時々、前歯で唇を噛む仕草も、そう言えば・・・。


見つめているうち、段々と木村くんが彼のように思えてくる。


あれあれ?
だから私は、木村くんに親しみを感じていたのかしら?
私達はお互いに昔の恋人の姿を重ねて見ていたの?

見つめ続けていて、木村くんがヘンな顔をした。
穴が開くほど、黙って見つめてしまった。しまった。
思わず照れ笑いすると、木村くんがギクリとしたような顔をした。


これまで私達はお互い、過剰に心を許し合えた。
それがなぜだかわからず、私は少し怖かった。
だけど、その理由が少し解けて・・・安心していた。


【第11話】

翌週も、木村くんが平日に代休を取ったので、お昼を一緒に食べた。
朝、子どもが登校した直後にメールをもらい呼び出されたのだが、
この日、彼が代休を取ることは聞いていたので、
前日の夜からパックをしたりマニキュアを塗り直したり、密かに用意をしていた。
メールが着た瞬間は飛び上がりそうに嬉しかった。


今度は平日だったのでファッションビルの最上階のレストランも空いていた。
しかし、見晴らしはよいが、味はこの前の洋食屋と比べ物にならない。

そこで、もう一度、あの店に行きたいね、という話になり、
その次の週も、彼と会った。


その日はいったん出社した後、昼から出張で、木村くんはスーツ姿だった。
いつものラフなスタイルと違って、とても頼もしく感じる。

会って、食事し、話すだけ。
ただ、それだけのひと時。
だけど、それがとても楽しい。

木村くんは時々、私の肩を抱くが、ほんの一瞬で、
それは彼の癖かもしれない、と思った。
アメリカでは、その程度のスキンシップは特別なことじゃないのかもしれない。
変に意識する方が余計、妙だ。
私もなるべく気にしないことにした。
内心、毎回、ドキドキしていたのだけれど。


ところが、その日の別れ際、


「来週は無理だなぁ。仕事が詰まってるんですよ。」

「うん、月末だもんね。」

「土曜も・・・ごめんなさい。英会話に伺えないんです。」

「え?そうなの?」

「土曜は、用ができてしまって・・・。」

「そっか・・・。」


がっかりしたその時、彼が私の肩を抱いた。
不意を突かれて驚き、私の体がビクンと震えた。
すると、彼の手に力がこもった。
いつも私はすぐに彼の腕の中から抜け出す。木村くんもその程度にしか私に触れない。
なのに、今、彼は私を離すまいとしている。


私は慌てふためき、体を動かせないでいた。
こんなふうに抱かれるのは怖い。とても怖い。


無理矢理、振り切るように彼から離れた。


「じゃあ、さよなら。出張、気をつけて行ってらっしゃい。」


早口で目を見ずに言うと、


「うん。・・・じゃ。」


彼も私の顔を見ずに別れた。


その翌日の朝だった。
朝刊の第一面に、上島常務が贈与収賄罪で逮捕された記事がデカデカと掲載されたのは。


【第12話】

「商社と政治家の癒着」 「闇の賄賂献金 腐敗した体質」


大きな活字が朝刊の一面に踊り、上島常務の顔写真がニュースにも流れた。
朝食時に、いつも見ているテレビ番組でもトップニュースとして報道され、
主人はマグカップを持ったまま、画面に見入った。

あの上島常務が・・・。
突然のことに驚き、私も胸が締め付けられるような気持ちで、うろたえた。

上島常務は、木村くんの婚約者のお父様なのだ・・・。


「ねぇ?!一体、どういうこと?」


思わず、主人に聞くと


「俺が知るわけないだろう!?」


怒鳴られた。
主人はそのまま黙って、パンを口の中に押し込み、席を立ち、
出掛けに、玄関先で私に言い含めるように命令した。


「いいか?もし、近所の人に何か聞かれても『わからない』とだけ言うんだぞ。
余計なことは絶対にしゃべるな。」


そんなこと、言われなくったって本当に「わからない」んだから。
聞きたいのは私の方なのに・・・。


娘を学校に送り出してからも、気分が落ち着かず、テレビニュースを見ては胸を痛めた。
木村くんに電話したかった。
でも、きっと彼は今、私と話をしている場合ではないはず。
そこで、思い立ち、美香子に電話をかけた。


美香子もニュースを見たと、電話口で興奮していた。


「しかし、これで木村くんの結婚話も破談ね!」


あはは、と笑って美香子が言った。


「よかったじゃない?」


返事はできなかった。
こんなことになるなんて。複雑な気持ちで、ため息をついた。


電話を切ってから、さらに落ち着かなくなり、コーヒーを入れた。
ダイニングテーブルに両肘をついてカップを持ち、コーヒーの刺激的な香りを胸に吸う。
濃く入れすぎた気がして、ミルクを足す。


テーブルの脇に置いた携帯を眺める。


木村くんは今日は出張。
どんな予定で動いているかわからない。
せめて何日間で帰ってくるのか聞いておけばよかった。
土曜の英会話のレッスンにも来れないと言っていたのは出張のせい?
それとも、別の用事?
ああ、どうしてあの時、聞いておかなかったのだろう。


頭を抱えて、昨日の出来事を思い出す。
・・・彼に強く抱かれた感覚が肩によみがえる。
彼の手のぬくもり。
その手の力に込められた彼の意思・・・・。


・・・・その手を振り切って、私は逃げた。
そうだ、私は逃げたのだ。

彼は去り際、私を見なかった・・・。


携帯が鳴るのを、ずっと待っていたが鳴らなかった。
二日後、美香子から電話が来た。


「例の、上島常務の件。
あれね、聞いたのよ、松島さんに。」


「松島さん?!美香子ったら、まだあの人と付き合ってたの?」

「まさか!もう、とっくに別れたわよ。久々にちょっと電話しただけ。」


松島さんは秘書課のエリートで、確か今も社長の秘書をしていると聞いた。
結婚前、美香子は既婚だった松島さんと少しの期間、不倫していた。
それは社内で私だけが知っている秘密だ。


「それで、松島さんが言うにはね、
木村くんの縁談は破談にならないだろう、って。」

「・・・そ、そうなの?」

「上島常務の前の常務の田中専務も、その前に常務だった今の社長も、
みんな、やってたわけよね。贈賄はさ。」

「・・・・・・。」

「それをさ、上島常務は全部自分の責任だと言って、社長や専務の名前は出してないらしいよ。
あの人らしいよね。」

「確かに、ね。」

「この事件、ほとぼりが冷めたら・・・、上島常務は関連会社の社長に出向だろう、って。
それも、本社に近い会社のね。」

「社長?」

「『御礼』ってわけよ。」

「・・・・・・・まさか。」

「そんなもんらしいわよ?」


本当なんだろうか?
もし、それが本当だとしても、だから破談はない、と社内で噂される木村くんが哀れだった。

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2002年に書いたサザンの曲を基にしたオリジナルの物語です。

全18話。

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「Bye Bye My Love(U are the one)」3

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【第7話】

困った。
木村くんの囁き声が耳の奥から離れない。
優しいまなざしに抱かれた心地よさにおぼれる。
私を求めて伸ばした彼の右手がいとおしい。

互いに何気なく気持ちを告白してしまったあの日以来、
ずっと彼が私の胸に住みついている。
どんどん、どんどん大きな割合を占めてきて、他の事が考えられない。

洗濯物を取り入れている時も、
夕飯の支度をしている時も、
娘のちなつから話しかけられている時でさえ、ぼんやりとしてしまう。


「もう!ママったら。また、ちなつの話を無視するぅ!!」


ちなつの怒った声で、ようやく我に返る。
こんなに、心ここにあらずの状態でいいわけがない。
それなのに、どうしようもなく気持ちがふわふわと落ち着かない。


水曜、木曜、
次のレッスンが近づき、ドキドキと動悸が止まらない。
金曜日、
明日、木村くんに会えるのだと思うと、嬉しさと恥ずかしさで胸が痛い。
一体、どんな顔をして会えばいい?
鏡台の前で手鏡を眺め、思案しては、甘く苦しいため息をついた。


そして、土曜。
一番お気に入りのサマーニットを着て、サーモンピンクのマニキュアを丁寧に塗った。
あと少しで彼に会えると思うと、途端に鼓動が早くなり、指が震えて、なかなかうまく塗れなかった。

ところが。
どういうわけだか、その日に限って、主人は出勤しなかった。
これまで、ずっと土曜は留守だったのに。


「なんだ?休みだってのに、そうそう仕事ばかりしてられるか。
俺だって疲れてるんだ。」


そう言うから、布団を上げずに置いたのに、
主人はさっさと着替え、木村くんをリビングで迎えた。


「悪いねぇ。木村。
飲み込みの悪い生徒で苦労するだろう?
簡単なことだけ教えてやってくれたらいいよ。」


木村くんは中途半端な笑みを浮かべ、所在無くテーブルを見た。
主人がいる席は、いつも木村くんが座る場所だった。

その日、木村くんはいつもは私が座る椅子に掛け、主人と向かい合い、
時折、仕事の話をしながら、淡々とレッスンを進めた。
私は、ちなつの席に座った。
一度だけ、木村くんと目が合ったが、どちらからともなく、すぐに視線をそらした。


よどんだような時間が一時間過ぎ、


「木村、昼飯、食って行けよ。」


と主人が掛けた言葉を、木村くんは軽く謝して辞した。
正直、私はホッとした。
家族が揃った席で木村くんを交えて食事する気にはなれなかった。

いつものように玄関先まで送り、別れ際に掛ける言葉を探しあぐねていると、
木村くんも何かを言いたげな目をした。


「これから上島さんとデートか?がんばって来いよ!」


不意に後ろで主人の声がした。


「俺も明日は上島常務とデートだよ。
ゴルフ場の予約が日曜しか取れなかったんだ。」


昼食の後、主人は昼寝を始めたので、
近くの大型スーパーに娘と二人、買い物に出かけた。

小さな子供用のゲームコーナーが娘の目当て。
百円でメダル10枚と交換。
それで20分間ほどいろんなゲームを楽しめるのだから、安いと言えば安い。

側の自動販売機でコーヒーを買い、
紙コップを片手にベンチに掛け、娘の様子を見守る。

コーヒーを一口、口に含み、ゆっくりと苦味を味わう。
昼前の出来事が、胸をよぎる。
「これからデートか?」と聞かれ、木村くんは「いいえ」と小さく答えた。

携帯電話をバッグから取り出し、木村くんのメールアドレスを探す。


「今日はごめんね」


それだけ打って、送信した。
すると、すぐに携帯が鳴った。


「今、いいの?」

「春香さんこそ。」


ちなつはまだゲームに夢中だ。


「今日は・・・話せなかったから。」


だから声が聞きたかった・・・という言葉は飲み込んだ。


「うん。」


もしかして、木村くんも私と話したかった?・・・まさか。
だけど、胸にトクリと熱いものが流れて震える。


「買い物?」

「うん。ちなつのTシャツを探そうと思ったんだけど、いいのがなくて。」

「この前ね、俺、見つけたんだ。ちなつちゃんに似合いそうなTシャツ!」

「え、どこで?!明日、見に行くわ。」

「あ、そう?俺も行く用があるんだ。」


ドキドキと小さく胸が鳴った。


「じゃ、明日、デートしよう。」


木村くんが明るい声で言った。
耳元で聞こえるその言葉がくすぐったい。


「えへへ」


子どものように無邪気な笑い声を上げた私に彼がもう一度言った。


「デート。ね?」

「うん!」


なぜだろう?
この時、私は夢のように幸せな気持ちに包まれて、全てを忘れて強くうなずいた。
何も怖くはなかった。


【第8話】

待ち合わせは11時。
ああ、それまでに・・・着替えて、化粧して・・・。

起きたのは、5時。
主人に朝食はいらないと言われたが、お茶を入れないわけにはいかない。

10分で着替えと洗面を済ませ、主人はゴルフに出かけて行った。
男の人の支度はなんと早いのだろう。

高ぶった気持ちを鎮めるため、シャワーを浴びる。
今日だけは、少しでもきれいになりたい。
木村くんと並んで歩いて、みっともなくないように。
降りかかる水滴が粒になって肌を転がる。
光に輝く。
・・・今日の私は美しい。

全身にボディーウォーターをつける。
ひじ、ひざ、かかとにクリームを塗る。

濃くならないように、ていねいに化粧。
新しい下着、ストッキング、
体のラインがきれいに見えるブラウスと膝丈のマーメイドラインのスカートを身につける。

9時に、娘がのんびり起きてきた。
外出の支度をしている私に驚いた顔を向ける。


「今日、どこかにお出かけするの?」

「デパートに行かない?」

「イヤ。」


冗談じゃない。もう約束しているのだ。


「ちなつのTシャツを買いに行くのよ?」

「イヤ。デパートはイヤ。」


頑固に言い張る娘。


「困るわ。もう約束してるのに。」

「美香子おばちゃんとでしょう?!イヤよ。
ママったら、いつもおしゃべりばかりしてて、つまんないんだもん。
おばあちゃん家に遊びに行く!コロちゃんと遊びたい。いいでしょ?」


そう言うが早いか、娘は受話器を取り、自分で義父宅に電話した。
先月から義父母が飼い始めた柴犬の子犬、コロ。
ちなつはコロと遊ぶのを楽しみにしていたのだった。
突然の孫娘からの電話に義母は大喜び。


「ちなつちゃんは、うちでお留守番させればいいから、
お友達と、ゆっくり買い物してらっしゃいね。」


義母の優しい言葉が胸にグサリと突き刺さる。


「ママ!おみやげはシュークリームね。」


朝食を済ませ、娘は笑顔で義父宅へと走って行った。


時計を見る。10時。
思いがけず、一人で出かけることになった。
胸が、ドキンと大きな音を立てる。

あと一時間。
あと、一時間後には・・・
私は彼の隣りを歩く。

緊張で唇が乾く。

待ち合わせ場所に向かう途中、
何度も息苦しくなり、立ち止まった。

深呼吸して、自戒。

デートなんて、言葉の綾。
ただ、買い物に付き合ってもらうだけ。それだけ。

何度も、そう自分に言い聞かせたのに、
地下鉄の通路を抜け、エスカレーターを上がり、
本屋の横に立っている木村くんを見つけた途端、
隠しようもなく笑顔がこぼれた。

こんなに喜んじゃダメだ。
嬉しそうな顔をしたらいけない。
だけど、気持ちに歯止めが利かない。
舞い上がりそうな気持ちを抑えられない。
恥ずかしくて、顔を伏せると、彼の手を肩に感じた。


「こっちですよ。行きましょうか?」


すぐそばの耳元で声が聞こえ、私は彼の顔を見れなかった。
私は、今、彼の隣りを歩いている。
夢でないのが、夢のよう・・・。


【第9話】

木村くんに案内されたのは、先月オープンしたばかりの話題のファッションビルだった。
デパートに向かうものとばかり思い込んでいた私は面食らった。
おしゃれな有名ショップが並ぶ最新スポット。
気後れしてしまう。


「木村くんは、いつも、こういうところで買い物してるの?」


そうたずねると、彼はちょっと目を見開き、「あはは」と笑った。


「まさか。
だって、僕、いつもそんなにいい服、着てないでしょ?」


・・・そうか。じゃあ、デートで来るんだわ。
あの彼女が、いろんな店で洋服や靴をたくさん買い物するんだわ。
だって、ここは格好のデートコースだもの。


「実はね、取引先がテナントを出してるんですよ。」

「え?そうなの?」

「ほら、あそこの『ファオマロッテ』って店なんですけど・・・」

「あ、名前、聞いたことあるよ!雑誌に載ってた。」

「うん、優良取引先ですよ。」

「すごいなぁ~!こんなおしゃれなお店が取引先だなんて。」


心から感心して言ったのに、木村くんがクスクスと笑い出したので驚いた。


「あはは。でもね、取引してるのは親会社で、
『株式会社 井阪文五郎商店』って会社名なんですよ。」

「まあ!」

「それにね、『ファオマロッテ』って・・・どういう意味か、わかります?」

「え?何語?・・・イタリア語??」

「日本語ですよ!
『ファッションは俺にまかせろって』
社長の口癖の略なんです。」

「やだ、嘘!」


思わず吹き出して、ちょっと足元がよろけ、笑いながら彼の腕をつかむ。


「本当!」


彼の瞳に優しさと力強さが宿る。
腕につかまることを、許してくれている。
私は笑いながら、おでこを少し彼の腕に寄せた。


若者向けのおしゃれなシャツが並ぶショップも、木村くんの話で、ずっと敷居が低くなった。
『ファオマロッテ』で彼が選んでくれたのは、
ちなつに似合いそうなオレンジのTシャツ。
黄色の星模様がロゴと共にプリントされていて、ちなつがひと目で気に入るに違いないものだった。


「プレゼントさせてください。
いつも、ごちそうを頂いたり、お世話になっているんだから。」


いいと言っても、木村くんは譲らずレジに向かった。


その後、お昼にしようと最上階のレストラン街へ。
エレベーターを降りると、街が一望できる大きなガラス窓があった。

澄んだ青い空が広がる。
遠くの山並みが青々としている。

とても幸せな今の気分が映し出されているよう。


窓枠に手を置いて眺めていると、並んで横に立つ木村くんの視線を感じた。
彼は窓の外の景色を見ていなかった。
私を見ていた。

恥ずかしさに思わず目を伏せた、その時、
隣りにカップルがやって来て、木村くんが一歩私に近寄った。
私も下がろうとしたが、壁際で半歩も動けず、行き止まった。
目の前に彼の胸板があって、ちょっともたれかかりたいような衝動に駆られ、自分が怖くなった。

こんなところを誰かに見られたら、どう言い訳すればいいの?
だけど、木村くんは肌が触れ合わないぎりぎりの場所で私を包むように立って、見つめてくれている。
胸が苦しい。
どうすればいいの?

こらえきれずに顔を上げ、戸惑いの表情のまま、彼の目をのぞき込むと、
瞬時に彼は私から身を離した。

早くも歩き始めながら、


「さて、行きましょう。何が食べたいですか?」


急によそよそしい口調で、そう言った。

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2002年に書いたサザンの曲を基にしたオリジナルの物語です。

全18話。
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「Bye Bye My Love(U are the one)」2

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【第4話】

「ふ~~ん、なるほどねぇ・・・。
その彼女ってのも、なかなかの曲者じゃないの?」


リビングのテーブルに頬杖を付き、
含み笑いをして美香子がアイスコーヒーのグラスのストローをクルクル回す。
カラカラと氷の立てる音を聞きながら、相変わらず口が悪いな、と思う。

美香子はOL時代の友達。
課は違ったが、同じ部署で気が合った。
会社帰りに飲みに行ったり、カラオケに行ったり。
お互いの恋の相談や仕事の愚痴を言い合った仲だ。

美香子は私より一年早く結婚し退職したが、まだ子供に恵まれていない。
そのせいか、独身の頃と変わりなくきれいだ。
ストレートの髪も、よく手入れされた爪も。

偶然にも隣町に住んでいるので、しょっちゅう我が家に遊びに来てくれる。
同居のお義母様と一日中、顔をつき合わせていると息苦しいというのが本音らしい。


足を組んで座り、少し首を傾げる。
美香子のきれいな首筋が伸び、チェーンが揺れ、
アンティークな飾りのついた石が光った。


「見てみたいわね、その女。」


自分の胸のうちを洗いざらい美香子に話してしまったことを、少し後悔した。
が、同時に美香子が「その女」と言い放ったのに、胸がすく思いを感じずにはいられなかった。

木村くんの大切な彼女・・・だから、悪く思っちゃいけない・・・

そう押し込めていた気持ちが開放された。
・・・やはり、正直に、
私にも彼女の態度は不快だった。
なぜ、木村くんが彼女を恋人に選んだのか、
結婚しようとまで思っているのか、とても不思議で解せない。


あの雨の誕生日以来、ここ数日、胸の中でモヤモヤとしていたものが、やっと形になった。

指先でストローをつまみ、グラスの中の氷をつついて沈めて遊ぶ美香子。
彼女の大胆でストレートなところが好きだ。
ためらってばかりの私の一歩先をいつも行く。


「アイスコーヒー、おかわり入れようか?」

「いいわよぉ~、胃が悪くなっちゃうじゃない。」


電話が鳴った。
主人からだった。
夕べ持ち帰った仕事の書類を家に置き忘れたので、すぐに会社に届けて欲しい、とのことだった。


「ごめん!会社に届けに行かなくちゃ。
こんなこと、滅多にないんだけど。ごめんね。」


急なことに慌てて、戸締りを始めた。外出用バッグの中身を確かめる。


「私も行く。」


美香子が立ち上がった。


「え?」

「行くわ。絶好のチャンス!その受付嬢を見てやる!!」


嬉々として、その気になっている。
美香子がポーチを開け、口紅を塗りなおすのを見て、私も簡単に化粧直しをした。
もしかしたら、木村くんに会うかもしれない・・・・
勝手に鼓動を早める心臓を制御できなくて焦る。

電車を乗り継ぎ、オフィス街へ。


「久しぶりだわぁ!案外、変わってないわね。」


ビル風に髪を押さえながら早足で美香子と並んで歩いていると、まるであの頃に戻ったよう。
自由気ままに買い物や恋を楽しみ、この街を我が物顔で闊歩していた10年前に。


壁面一体がガラス張りになった社屋。
自動ドアが開き、空調のきいた空気に包まれる。
2階まで吹き抜けのエントランスホールの左奥に受付がある。

「あの子ね?」と美香子が目で合図する。
軽くうなづき、私はギュッと唇を結ぶ。

「あの、企画課の森内の家の者なのですが。」


うつむいていた彼女に声を掛けた。
隣りに座っていたもう一人の受付嬢の方が先に私を見た。


「あ。森内課長の・・・」


ぼそぼそとした小声だが、私のことは覚えていたらしい。


「先日はどうも。」


勝気な彼女の瞳に負けず、微笑みかけてみたが、
彼女は愛想笑いを浮べることもなく、さっと目をそらした。


「・・・・・森内課長ですね?お待ち下さい。」


急にマニュアル口調になり、はっきりと話したので思わずのけぞった。


数分後、主人がやってきて書類を手渡した。
美香子が一緒だったのに驚いていたが、すぐさま、仕事場へと舞い戻っていった。
主人の額にうっすら汗がにじんでいたのを見て、一生懸命、働いてくれているんだな、と実感した。


オフィスを出て時計を見ると、もうお昼だったので、
昔、よく通ったランチのおいしい店へ行ってみることにした。


変わらずにその店はいろいろな会社の制服を着た若いOLでいっぱいだった。
メニューも値段も味も変わってなかった。
食後にエスプレッソとプチケーキがつく。
それがこの店の人気の理由だった。


エスプレッソの小さなカップを持ち、美香子が香りを愉しむ。


「想像通りの女だったわ。」


女の子たちの話し声で、ざわざわした店内だが、誰かに聞かれやしないかとドキリとする。
お構いなしに美香子は続ける。


「見た?あのリング、ピアス、脇においていたバッグも。
・・・それから靴!」


一瞬にして、それだけをチェックしていた美香子が恐ろしい。


「全部、ブランド物。それも、わかりやすいったら・・・。
雑誌で見たのを、そのまま買ってるんだわ。」


馬鹿にしたように鼻で笑うが、私には、どこのブランドの物やら、さっぱりわからない。
それに当の美香子だって、あれもこれもブランド物のはず。
基本的に似たもの同士なだけに、妙に闘争心を燃やしてしまったようだ。


「言葉遣いもなってないし、仕事ができていないじゃないの。
あんなのが、よく受付に座ってるわねぇ?」


それは正直、私もそう思ったけど、加速していく美香子の毒舌にハラハラする。


その時、隣りのテーブルから


「ぎゃ~~~っ!サイッテーーー!!」


女の子が声を潜めて叫ぶのが聞こえた。


「ほんともう、信じらんない~~!バカじゃないの?!
木村くん!!」


ドクンと胸が鳴った。 静かに横を伺うと、主人の会社の制服の若い女の子が4人、
頭を寄せて、よく聞こえるヒソヒソ話をしていた。



【第5話】

それからしばらく、私たちは黙って、ゆっくりとカプチーノを飲んだ。
そうしているだけで、隣りのテーブルの会話は、全部、聞き取れた。


「上島常務がさ~~」


上島?
上島さんは、私たちが働いていた時、営業3課の課長だった人だ。
押しの強いワンマンタイプ。
常務にまで上り詰めたとは知らなかった。


「娘は『パパが決めてくれた人と結婚するぅ~』って言ってるってニヤついてたよ。」

「げぇ~~~っ!」

「『だって、そうしたらパパが全部、お金出してくれるんでしょ?』だって!!」

「何よ?それ。」

「そんなこと言って笑ってんのよ?親バカにも程があるわよねぇ!?」

「娘もサイテー。」

「彼女だったら、言いそうだわ。」


この時、やっと気づいた。
あの彼女・・・木村くんの婚約者の彼女が、上島さんの娘であることを。


「木村くん、常務のお気に入りだもんねぇ。」

「ほんとは常務が結婚したいんじゃない?」

「やめてよ!気持ち悪い~~!!」


女の子たちはケタケタ笑ったが、私の顔は蒼白になっていった。
美香子もそれに気づいたようだ。


「ほんとに結婚するの?あの二人。」

「するって言ってたわよぉ?
 新婚旅行はヨーロッパ9日間の旅だって自慢げに言いふらしてたわ、彼女。」

「バッグと化粧品、買いに行くんじゃないの?」


美香子が深くうなづいて見せた。


「木村くんも、あんな顔して、結構、世渡り上手よね。」

「打算で結婚?」

「きゃ~~っ!サイテー!!」

「彼女、言ってたらしいよ。『ダメだったら別れたらいいしぃ~~』」

「なんで、そんなんで結婚すんのかねぇ!?」

「ほんともう、信じらんない~~!バカじゃないの?!木村くん!!」

帰り道、何がなんだかわからなくなって、地面の上を歩いている気がしなかった。


「気にしないの!女の子たちの勝手な噂話よ。
 ほら、昔、私たちもよく話したじゃないの、そういう話。」


美香子はそう言ったが、
女の子たちの噂話の情報が、いかに速くて的を得ているか、私は知っている。

その日も主人の帰りは遅く、娘が眠った後だった。

食事の用意を整え、先に娘と夕食を済ませている私はお湯のみを手にテーブルの向かいに座る。
が、主人は新聞かテレビを見るだけで、私の顔など見ない。
近所で聞いた話などをしても、うるさそうにするだけなので、私も話をしなくなった。

思い出したように主人が口を開いた。


「今日、悪かったな、書類。ちなつが帰るまでに間に合ったのか?」

「十分、間に合いました。」


この人ったら、娘の時間割を全然知らないのね?
今日は6時間目まであるから、下校は3時半。
それに、「悪かった」じゃなくて「ありがとう」と、なぜ言えないの?


「あのね。」


思い切って聞いてみよう。


「受付のお嬢さんって、上島常務の娘さん?」


「あ?ああ、木村の婚約者だろう?
 派手な感じが父親似だよなぁ!」


そう言われてみれば、我の強そうな目元がそっくりだ。


「木村もうまいことやったもんだよ。
 あいつもあれで、将来、間違いなしだ。」


食器を洗い終わると、もう11時半。
ベランダに出て、ふと見上げると天空に黄色い三日月が浮かんでいた。


私はスーツ姿の木村くんを知らない。
知っているのは、ジーンズにシャツを羽織って、照れたように微笑む木村くん。

これまで見てきた彼は幻だったんだろうか?

彼は本当はずるくて、計算高くて、貪欲な人間なんだろうか?


雲ひとつない澄み切った夜空に、月の光が冴える。
何も言わずに星たちが瞬く。

ふいに吹いてきた夜風に髪を撫でられ、
涙がこぼれそうになり、はっとした。


彼のことで胸がいっぱい。
こんなふうに好きになったりしていいわけないのに。
気持ちがとまらない。どうしよう?
・・・想うだけなら、自由かしら?


今、この時間、同じ月を眺める木村君の姿が心に浮かび、
今頃はきっと、彼女と電話で話しているに違いない、と思い直した。


【第6話】

このところ主人は土曜も毎週、休日出勤だ。
転勤前に片付けておかなければならない仕事が山積みらしい。
以前も土曜は大抵ゴルフで、早朝から夕方まで留守だった。
私にとっては、あまり変わりない。

おかげで木村くんとの英会話レッスンをゆっくり楽しめる。
今日は娘のちなつが友達と図書館へ行く約束をしたと、
スイミングから帰ってお昼を食べると慌しく出かけて行ったので、
食後のコーヒーを入れてからも、木村くんはのんびりとくつろぐようにダイニングの椅子に掛けていた。

週一回のレッスンも、もう数回重ねて、
木村くんは、我が家のシュガーポットが戸棚のどこに置いてあるかを覚えたし、
私は、木村くんが考えごとをしながら話す時、
右手の中指でトントンと軽くテーブルを叩く癖を覚えた。

最近仕事が忙しい、と伸びをしながら木村くんがため息をついた。
昨日の夜、話題のテレビドラマを見そびれたと言うので、
あらすじを話してあげた。
来週は主人公の恋人同士がいったん別れるんじゃないか?
いや、それとも・・・と、ひとしきりドラマの話で盛り上がり、
それから、木村くんはつぶやくように言った。


「・・・俺、時々、彼女の気持ちがわかんないんですよね。」


それはそうだろう、と思った。が、黙って聞いた。


「女の人って・・・よくわからないな。」

「あら、私のこともわからない?」


顔を上げた木村くんと目が合う。
少し唇を開けたまま、言葉を選んで何も言えないでいる彼がいとおしい。
思わずいじめたくなる。


「私は『女の人』じゃないかな?」


木村くんが何かに気づいたような顔をした。私をまじまじと見つめた。


「僕・・・、こんなふうに女の人と普通に話せたの、初めてだ。
高校の時以来・・・かな?」

「『俺』でいいわよ。」

「うん。」

「女の子の友達はいなかったの?」

「・・・女の子は・・・よくわからないから。」

「何か・・・裏切られるようなことがあったの?」


瞬時に木村くんの表情が固まった。
聞いてはいけないことを聞いてしまったのかとハッとした。

少しの間をおいて、
木村くんは少しずつ話し始めた。
彼のつらい失恋の話を。

高校の時、付き合っていた彼女が自分の知らない間に浮気をしていて、
ある日突然、別れを宣告された。

その話を彼は少しずつ少しずつポツリポツリと話した。
テーブルの上に置かれた右手が、ずっと握り締められている。
きっと彼は、この話を今まで誰にもしていなかったのだろう。
私にだから心を開いて話してみようと思ってくれたのだ。
その気持ちが伝わってきたので、小一時間の間、私は席を立たず、
彼の話をただ、じっと聞いた。


「バカみたいな話でしょう?」


話し終わって彼は自嘲の笑みを浮かべ、照れて言った。
私は抱きしめてやりたい衝動に駆られたが、黙って首を振り、彼を見つめた。

「どうして春香さんには何でも話せちゃうのかなぁ?!」

「彼女には?話せないの?」


木村くんの顔から笑顔が消えた。
あの彼女は自分の話は聞いてもらいたがるくせに
人の話は聞かないタイプだろう。
それがわかっているのに、こんな質問をする私は意地悪かしら?


「春香さんと話すみたいには話せない。」


それで、どうして付き合ってるの?!と聞きたくなって言葉を飲み込んだ。
やはり、上島常務に見込まれて勧められた縁談だから断れないのかしら?
だけど、結婚ってそういうものじゃないでしょう!?
あなたはそれで本当にいいの?後悔しないの!?
・・・湧き上がってくるいくつもの言葉をこらえ、唇をかんだ。

木村くんの瞳を覗き込むように見つめる私を彼も見つめ返す。
テーブルを挟んで手を伸ばせば届く距離で差し向かい、言葉も出せないでいた。

ため息と共に木村くんが言った。


「春香さんが彼女なら、なぁ・・・・。」


直後に木村くんが自分の漏らした言葉に慄然とした顔をした。
それを見て、その言葉が彼の本当の本音であることを知り、
その瞬間に、私の胸の中に大きな赤い薔薇が花開いた。

苦しいような甘い幸福感に胸が満たされて行く。
世界の空気が乳白色に変わって行く。

ばつが悪そうに木村くんが言い訳をした。


「だって・・・本当にそう思うんだもん。」


少年のように素直な口ぶりに、私も素直な気持ちを返したいと思った。


「私も木村くんが好きよ。」


言ってから、あまりにもストレートな言葉に自分で驚いた。
木村くんも目を大きくした。
そして、とても嬉しそうな顔で笑った。
溶けるような微笑に私もとろけた。
胸の薔薇がいっぱいいっぱいに咲き誇る。

と、突然、
彼の右手が伸び、私の左手に触れようとした。

慌てて腕を引っ込めたその時、玄関のドアがガチャリと開く音がして、
飛び上がるほど驚いた。

時計を見れば、もう夕方!
主人が帰って来てもおかしくない時間だった。
こんな時間まで話していたことに気づかなかった。
彼との時間は水が流れるように早い。


「おお、木村、ご苦労さん。ずいぶん遅くまで教えてやってくれているんだな。
今日は昼からだったのか?」


挨拶とあいまいな言い訳をし、うつむきながら木村くんは大きなバッグを肩に掛け、
そそくさと玄関に向かった。
いつものように見送りに行ったが、彼は私の顔を見ずにドアを出た。
胸にチクリと痛みが走る。
追いかけて行きたい気持ちは理性で押し込めた。


リビングに戻ると


「お茶。」


主人がさっきまで木村くんが座っていた椅子に掛けて新聞を広げて言う。

まだ片付けていなかったテーブルの上の客用カップを下げ、
日本茶の茶筒を戸棚から出す。


「いつも、こんな時間までやってんのか?」


主人ににらまれ、片頬が引きつる。


「木村くんの恋の相談に乗っていただけよ。」


無表情で抑揚のない声で返事。決して嘘ではない。


「あ~~?恋の相談?!ふふん。」


露骨に馬鹿にして鼻で笑う主人に本気で腹が立った。
胸に咲いた薔薇を踏みにじられたようで、はらわたが煮えくり返る。
急須にポットのお湯を注ぐ。立ち上る湯気が私の怒りのようだ。


「真剣に聞いてやることないぞ?
適当に返事してりゃいい。わかったな。」


命令口調で主人が言うその裏には、上島常務の影が見えた。
主人もこの縁談が、どういうものかを知っている。
たぶんきっと、社内の人は皆、気づいているのだ。

本人同士はまだ心が通い合っていないのに、上島常務の強引さで、
どんどん進められていく縁談に木村くんは、ただ流されている。

あなた、ほんとにそれでいいの?

襟元を両手でつかんで揺さぶり、目を覚ましてやりたい。 だけど・・・
そんなこと、できるわけない。


台所に立ち、お米を研いでいると、

「春香さんが彼女なら、なぁ・・・・。」

木村くんの声が耳の奥で聞こえてきた。

「私も木村くんが好きよ。」

自然とそう言ってしまった事を思い出し、今更ながらに赤面した。

あの時、手を伸ばした木村くんは何をしようとしていたの?
もしも、主人が帰って来なかったら、あの後、どうなっていたの?

そこまで考えて、わからなくなってしまった。
あまり考えたくない気もした。

片思いだと思っていた気持ちが実った喜びに、ただ震えていたかった。
胸の奥の薔薇を大切にしていたかった。
だって、だからといって、どうなる関係でもないんだもの。
彼女とは気持ちが繋がらないと言う木村くんの気持ちが私と繋がった。
それだけでいい。


インターホンが鳴り、ちなつが帰った。
胸の薔薇をしまい、『母』の顔に戻る。
薔薇は、一人の時にだけ、ゆっくりと眺めよう。



***************

2002年に書いたサザンの曲を基にしたオリジナルの物語です。
posted by める at 17:17| Comment(0) | 恋愛・結婚 | 更新情報をチェックする

「Bye Bye My Love(U are the one)」1

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【第1話】

玄関に花を飾る。
マニキュアを塗る。 今日は土曜日。
目覚めた時から胸が高鳴る。


11時。
彼に会える。
彼がやって来る!


家の中を片づけながら、そわそわ。
時計とにらめっこ。

あと15分・・・10分・・・

カウントダウンに胸が苦しくなる。
緊張で全身がピリピリする。
じっとしていられない。


・・・ああ。
こんなにときめいてどうするの?私。
まさか、本気で好きになったわけじゃないでしょう?
・・・そう。ただ緊張しているだけ。
それだけよ。


学生の頃から苦手だった英語を覚えなくてはならなくなった。
商社に勤める主人がワシントン支社への転勤を内示されたのだ。


アメリカに渡るのは3ヶ月後。
8才の娘にとっては、生きた英語を身につけられる絶好の機会と言えるだろう。
最初は戸惑うかもしれないが、子供同士で遊んでいく中、
自然と英語を獲得していけるはず。


・・・問題は私。
日常生活に必要な英会話だけでもマスターしておく必要がある。


そこで、主人が社内で英語の堪能な若者を捜し、
その方に週一回、自宅に来ていただいて、教えてもらうことになった。


それが彼。
木村秀明くん。
去年の秋、ロスの支社から帰国したばかり。
25才。
すらりと背が高く、落ち着いた顔つき。
でも、少し長めの前髪と
時々イタズラっぽく光る瞳が少年っぽさを感じさせる。


英語のお勉強なんて、学生に戻ったような気分。
若い木村くんが先生だと、その生徒である自分が、
はたちそこそこの女子大生に戻ったような錯覚さえする。

・・・厚かましい錯覚だとは思うのだけれど。


三十を過ぎた。
子どもも産んで、体型だって見るも無惨。
しかも、同じ会社の隣の部の課長の奥さん。


・・・こんな私に、彼が興味を持つはずはない。
ただ、頼まれたから、教えに来てくれるだけ。
そう思うと、ちょっと悲しい。
だけど、だからこそ安心して、木村くんに夢中になれる。


恋する気分に酔っているのかもしれない。
長い間、忘れていたときめき、ドキドキ感、自由な感覚。
そう、自分が「女」であることすら、忘れていた。
慣れない家事や育児に追われて、
自分自身を振り返る間もなく月日が過ぎて行った。
・・・ようやく、私は自分自身を取り戻せたような気がする。


洗面台の鏡に映る自分に、にっこりと微笑み掛けた、その時。
インターホンが鳴った。

彼だ!!

胸がドクンと大きく脈打ち、かかとが宙に浮かぶ気がした。
鏡の中にいる私は、花のようで、
まるで別人に見えた。


【第2話】

「あれ?課長は今日もゴルフですか?」

背の高い木村くんがリビングに入って来る。
今日は3度目のレッスン。


「ちなつちゃんはスイミング?」

4人掛けのダイニングテーブルに掛け、大きなバッグからテキストを取り出す。
その横顔の美しさに、うっとりとする。
南向きの窓から入る風に彼の髪がサラサラと揺れて光る。
色素の薄い茶色い瞳がまっすぐに私を見つめる。

・・・お茶を出す手が震えそう。


「じゃあ、この前の復習から行きましょうね。」

テーブルに差し向かい。
静かで緊密な時間。
少し甘くて優しい木村くんの声が私を包む。


「そこ、ちょっと発音が違いますね。いいですか?
僕の口を見て下さいね。」

彼がじっと見つめて話しかける。
私は、その口元を見つめる。
少し薄目のきれいなくちびる。
前歯がかわいい。


「Lは舌をね、こんなふうに。」

・・・ああ。このLの舌は、何度見ても赤面しちゃう。


「大丈夫ですよ。リラックスして、普通の、普段通りの気分で、ね?」

彼の言葉はなんて力強く私を抱きしめるの?


私は商社に勤めていたくせに、英語はからっきしで、
その上、歯並びも悪い。
口元を見られるのは、本当はとても恥ずかしい。
だけど、英会話を教えてもらうためには、仕方ない。

これまで密かに一番気にしていた私の恥部。
それを木村くんには、あっさりさらけ出してしまったことで、
私は彼に妙な安堵を感じるようになっていた。

一時間のレッスンタイムは夢のように過ぎる。
途中まで下準備しておいた「あさりと菜の花のパスタ」の仕上げにかかる。


彼の目の前で、白いエプロンをつけて

「食べて行ってね。」

と声を掛けると、

「え?ええっ?!いいんですかぁ?」

ドギマギした声で照れる。
その反応がおもしろくて、わざと彼の前でエプロンをつける。
先週、新しいレースのエプロンも買った。


木村くんは2つ駅向こうの街のワンルームで一人暮らし。 できるだけ栄養をつけてあげたい。

料理ができるまで、いろんな話をする。

昨日、見たテレビ。
最近、流行っているヒット曲。
彼の話は、とてもおもしろい。


一番盛り上がるのは、職場の話題。
木村くんの所属は、実は以前、私がいた部。
隣の部の主人と社内恋愛し、結婚退職したのは8年前。
あれから人事も変わったし、コンピューターによる電算管理も進んだけれど、
それでも仕事の内容は基本的に同じ。


「今週中に上期の目標数値を揃えなきゃいけないじゃないですか?
必死なんですよ、みんな。
それなのに千田部長ったら、5時から
『おい!ちょっと会議しようか。』って言って2時間拘束!!参っちゃう。」

「ああ、千田さんはねぇ・・・。昔からそうだったわよ。
急に『この資料を作ってくれ。』って言われたり。しょっちゅうだったわ。」


木村くんが仕事上の軽い愚痴をこぼしても、
彼の気持ちが何かにつけ細かな所まで、よくわかる。アドバイスできる。


「僕がこんなこと言ってたって・・・課長には内緒、ね?」

「うん!内緒。」


片目をつむって合図し合って、ドキドキする。
たわいのないことだけど、二人だけの秘密を持てた気持ちにキュンとする。


「彼女とはね、こんな話できないんですよーー。」

「ああ。そうでしょうねぇ。」


そう。木村くんには婚約者がいる。
同じ会社の受付嬢。
ロス帰りのエリートと社内一の美人。
知らない人は居ない噂のカップルだと主人が言っていた。


受付の仕事だと、彼の仕事の実状なんて全く目に入らないだろう。
彼女に愚痴る訳にいかないのも当然だ。


木村くんの左の薬指の指輪が銀色に光る。
光が矢となって私の胸をチクリと刺す。

・・・関係ないわ。別に。
木村くんに彼女がいたって、いなくたって、
私は彼が好き。それだけよ。


彼女になれるわけもない。
特別に愛してもらえるはずもない。

ただ週に一度、差し向かいで話せるこの小さな幸せ。
これさえあれば・・・他には何も望まないわ。


パスタがゆで上がった時、スイミングのスクールバスが家の前に停まり、
娘のちなつが帰って来た。

台所に立っている私の代わりに木村くんが玄関を開ける。


「わぁ!きむらくんだーーー!!」

「ちなつちゃん、おかえり!お疲れさま。」


無邪気に木村くんの胸に飛び込み、抱きしめられる娘に嫉妬を覚える。


「何も望まない」と今、胸に誓ったばかりなのに・・・
あんなふうに彼と抱き合いたいと夢見る自分に、少し呆れた。



【第3話】

5回目のレッスン。

今日は朝から、しとしとと雨。
ひんやり潤った風が窓から流れ込んでくる。


「んーー、テキストにはこう書いていますが
実際はもっと砕けた言葉で話しますよ、みんな。
だってね、僕が初めてロスの郊外でバスに乗った時、
黒人のおじさんに話しかけられて。
『にぃちゃん、よくそんな難しい言葉、知ってんなぁ!?』
って言われちゃったんですよ。
受験勉強で覚えた単語だったのに!」


懐かしそうな目をして照れたようにはにかむ木村くん。

つられて私まで笑顔になる。

瞬く間に、もう12時。
レッスンの時間が終わる。

長針と短針が重なる時計を見て胸が苦しいなんて、
ちょっとシンデレラの気分。

でも、パーティーはこれから!
今日は木村くんの誕生日。
彼の好きなハンバーグと野菜たっぷりのポトフを用意している。


「もうすぐ、ちなつも帰って来るわ。お昼、食べて行ってね!」


エプロンをつけながら、いつもより張り切って声を掛けると、
木村くんが困ったような顔をした。


「あの、・・・今日は・・・・」


話しかけた時に彼の携帯が鳴った。
画面を見て、彼の表情が変わった。
彼女からだった。


「あ、もう駅に着いた?・・・うん。そこで待ってて。俺が行くから。」


彼の声がいつもと違う。
私と話す時は甘えたような口調なのに、
彼女には少し格好をつけたような口ぶり。

・・・「俺」って言うの、初めて聞いた。


「ごめんなさい。そう言えば今日はお誕生日だったわね。
彼女とお祝いしなくっちゃあ!早く行ってあげて。」


精一杯の笑顔で彼を玄関に追い立て、傘を手渡したその時、娘が帰って来た。


「あれぇ?きむらくん、もう帰っちゃうの?!」

「ごめんね、ちなつちゃん。また今度ね。」


娘を軽く抱きしめ、私の方に向き直り、
心から申し訳なさそうな瞳で


「ごめんなさい。また来週お願いします。」


そう言って頭を下げ、彼は雨の中を彼女が待つ駅へと駆けて行った。

リビングに戻り、椅子に腰を下ろすと・・・思わずため息が出た。


私はなんてバカなんだろう?
彼といっしょに誕生日を祝えるつもりでいたなんて。
なんて、おめでたいの?


こんな日にいっしょにいたいのは私なんかじゃない。
さっさと用事を済ませて、一刻も早く彼女の元に飛んで行きたいに決まっている。


「あ~~っ!冷蔵庫にケーキがあるぅ!!どうしたの?これ。」


目ざとい娘が見つけた。
でも、引き出しにしまったプレゼントの包みにまでは気づかないようだ。
彼に似合いそうなシンプルなデザインのネクタイピンを用意していた。

と、その時、テーブルの隅に彼の定期入れが置き忘れられているのに気づいた。
娘に留守を頼み、傘を差し、駅へと急いだ。

男の人の足は速く、駅のすぐ近くまで来て、やっと彼に追いついた。
木村くんは駅舎で待っていた彼女に声を掛けようとしたところだったが、
私の声と手に持った定期入れに気づくと慌てて引き返して来た。


「うわぁ!すみません!!」


恐縮して、何度も彼は謝った。
久しぶりに走って私は、すっかり息が上がる。
傘を差していたけれど、髪も肩もすっかり濡れてしまった。


「そうだ。さっき言い忘れちゃった。
お誕生日、おめでとう!!」


すると彼は少し驚いたように目を見開き、それから、嬉しそうに照れて笑った。
彼の笑顔にはどうしてもつられてしまう。
こちらまで幸せな気持ちにさせられる。


ふと視線を感じ、目をやると、彼女が不機嫌そうにこちらを見ていた。


なるほど、噂にたがわぬ美人。
ヘアメイクも、ファッションも、アクセサリー、靴、バッグに至るまで隙がない。
雑誌から抜け出たようだ。

木村くんが私を紹介した。


「こちら、森内春香さん。ほら、企画課の森内課長の奥さんだよ。」

「はじめまして!木村くんにはお世話になっています。」


親しみを込めた笑顔で愛想よく丁寧に挨拶したつもりだった。
しかし、彼女は


「あ。ども。」


目も合わさず、くぐもった小声でそう言っただけだった。
あまりにも失礼な態度に木村くんが怒り出すのではないかと
一瞬、ハラハラしたが、何も起こらず、
私の自意識過剰であったかと思い返した。


「本当にありがとうございました!じゃ、失礼します。」


彼が一礼し、駅の構内へ入って行こうとしたその時、
彼女が木村くんの腕をそっと取り、私を振り返った。

満面の笑顔でにっこりと、勝ち誇ったように微笑まれて、
私はその時、初めて彼女と目が合ったことに気づいた。


雨に濡れて、ぺっとりと肌に張り付いたシャツが冷たく、気持ち悪かった。

*******************

2002年に書いたサザンの曲を基にしたオリジナルの物語です。

全18話。
posted by める at 17:09| Comment(0) | 恋愛・結婚 | 更新情報をチェックする

2019年09月15日

好きな人ほどLINEは返しにくい

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最近ちょっと気になる彼からの久しぶりのLINE。

「先週まで忙しかったけど、今週からは少しマシになりそう。」

…さあ、これにどう返す?!


「そうなんや。良かったやん。…で、ええかな〜…」と長女。
いやいや!そんなあっさり返すの?
違うやろ?

「先週まで忙しかった」と仕事をがんばったことを書いてるのだから、
まずはそこを受けて、「お疲れさま!」やで。
可愛いスタンプでもいいから、まずは労っておけ!

んで、私ならさらに
「体調どう?朝夕の温度差で疲れてない?」と聞くなぁ。

「オカンやん!それ、オカンのLINEやから!」

…ま…まあね。
オカンやし!
でも、ええんやって〜。
体調を気遣われて嫌な気はしないものよ。
優しさ出しておけって〜。


先日、電車で隣に座っていた女子中学生たちが話してたんだけど、
今って告白はLINEでするんだってね。
面と向かっての告白なんてないんだって。
だからこそ憧れると話していて、驚いちゃったわ…。
…でも、そうなんだろうなぁ。

LINEで簡単に連絡が取り合える今なら、
私ももっと上手に恋愛できてたかもしれないなぁ…。
…そうでもないかな?

さてさて、長女はどう返したんだろうね。
詮索はしないけどさ、
上手くいくことを祈ってるよ!
posted by める at 00:58| Comment(0) | 恋愛・結婚 | 更新情報をチェックする

2018年06月01日

頰にキッスはくちづけの始まり

「今日はあなたの唇を奪います。」
怪盗の予告状のようなメッセージが届いているのにデートに応じるのは、
それはもう犯行の実行を許可しているようなものなのに、
それでもまだ愚かな私は逃げ切れるつもりでいた。

彼とのキスが嫌だと言うわけではない。
嫌な相手とデートはしない。
居心地の良い二人の距離感が変わってしまいそうで、ぼんやりとした怖さを感じていた。
そして、根気強く何度も私を求めてくれる彼の愛の言葉を、もっともっと浴びていたかった。
与えてしまえば、これほどの情熱をぶつけてはこなくなるだろう。
それはつまらない。
そのために私はあなたの手の届かないところに居続けなければならないの。
キッスはイヤと言っても反対の…意味よ♪
ピュアピュアリ。
女の子というものは、そういうものよ。

手を繋いでデートしても、往来を歩いて、店に入っている限りはキスのチャンスなど訪れない。
そう高をくくっていたのは、やはり世間知らずの子どもの証拠。
店に入って通された2階席には他に客はおらず、貸切状態だった。
それでも、店員や他の客が来る可能性は当然ある。
ここはセーフだと判断した私に油断が生まれた。

「こっちの窓の向こうはどうなってるのかな?」と覗き込んで眺めようとしたら、彼が背後にやって来た。
気配を感じても、一緒に見ようとしているのだろうと思った。
その瞬間、後ろから抱きすくめられた。
驚き、声も出ない。
背中に彼の熱い体温を感じる。
彼がわたしの名前を囁く。耳元で。
どうしたらいいのかわからないまま、混乱する思考を巡らせた。

…大丈夫。彼は後ろにいるわけだから、この姿勢からキスはできない。
この期に及んで、まだそう考えていた。

「こっち向いて?」
甘い声で彼が耳打ちをする。
考えを読み取られたようで急に恥ずかしくなり首を振った。
もがく私を彼の長い腕が抱きしめる。
「もぉっ!」
自由を奪われ、抗議の眼差しを向けると彼が微笑んだ。
見つめ合い、しまったと気づいた時には彼の顔が近づいてきた。

キスされちゃう!
体を硬くしたが、触れたのは頬への軽い感触だった。
…え?
あ。頰?ほっぺにチュー?
なーーんだ!

そのまま互いの頬と頬を強く押し付けたまま、抱きしめられる。
私をなだめるように彼が私の頭を撫でる。

あらら?思っていたより私って子どもっぽく思われていたのかしら。
緊張した体が一気に緩む。なんだかちょっと期待はずれ。
そんなふうに思った時、私の頰にくっつけていた彼の頰が滑り、
あっという間に唇は奪われてしまった。

急な展開に頭がついて行かない。
逃げようにも、後頭部を大きな手のひらで支えられていて身動きできない。
あれ?キスしてる?してるの?
あーあ、しちゃったよ、どうするの?
あーあ、ついにしちゃった。
などと妙に客観的に思考する。
しちゃったなら、もう悩んでも仕方ない!
楽しんじゃえ!と開き直り、彼の腕の中で身を任せてみた。
それを察知した彼は理性を飛ばし…
ファーストキスはものの1〜2分でとりとめのない何十回ものキスとなってしまったのだった。
posted by める at 00:57| Comment(0) | 恋愛・結婚 | 更新情報をチェックする

2016年07月07日

「好き」と言った途端、恋が終わる

サザンの桑田さんが先日のラジオとテレビで言っていた。
 
「若い時はね、
『好き』って言って恋が始まった。
だけど、この年になると、
『好き』って言った途端、恋が終わる。」
 
笑い話のように、いつもの調子で話していた。
 
確かにね…と思うところもある。
そもそも、誰かに「好き」なんて告白する機会が今となっては、まずないわけだけど。
 
そんな50~60になった人間が、「好き」と言う状況を想像してみるーーー
 
若い明るい、好感の持てる女のコに
「僕、君みたいな女のコ、好きだよ。」とお酒の席で酔いに任せて告白したとする。
 
●女のコの反応
1.「キモッ!なに、このオジサン!近寄るのやめよう。」と避けられる。
 
2.「えーーーっ?やだぁ~アハハ!」と笑い飛ばされて流される。
 
3.「…うふふ。」と微笑まれるが、彼女は彼を利用できるか値踏みしている…。
 
 
あるいは、稀に、彼女のほうも本気で彼に気が合って相思相愛になることがあるかもしれない。
しかし、既婚の彼にはそれは“不倫”であって、無邪気に浮かれられる恋愛にはならない。
いくら、純粋な恋心で想っていたとしても…
 
「好き」と言った途端、恋が終わるーーー
胸に秘めたまま、そっと花を愛でるように想っていたほうが良いのか…
好きな人と縁が切れちゃうのはつらいしね。
 
対して、若者はそんな懸念などないわけだから、
恋が始まるんだから、
もっと愛に恋に花を咲かせたら良いのにね。
なんでそんなに「出会いがない」とか言ってくすぶっているんだか…
もったいないぞ!長女。
posted by める at 20:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚 | 更新情報をチェックする

2014年10月03日

恋のようなもの 3

潤也は大学のサークルの先輩だった。

彼が卒業し就職した年、社会人と学生の時間的な擦れ違いが原因で別れそうになったこともあったが

なんだかんだで、ずっと続いているのは、一緒にいてお互い居心地がいいからだ。

 

昨年の春、潤也に転勤辞令が出た。海外だった。

最低2年は帰って来られないと言う。

 

二十歳から付き合い始めて4年。私は24歳になっていた。

就職して、まだ2年。かなり迷ったが潤也に付いて行くことに決め、仕事を辞めて挙式と渡航の準備をすることになった。

潤也は辞令が出てすぐに現地へ転勤していったが、そのすぐ後にその国で内乱が勃発した。

支社のある町は安全との情報だったが、私を呼び寄せるのは沈静化してからが良いだろうということになった。

結婚式もその騒ぎで予定より半年延期になった。まだ招待状の印刷にも間に合ったし、とにかくイレギュラーな事態に潤也は日々多忙を極めていて、式の話もできない状態だったのだ。

思いがけず、日本で待機になってしまった私は勤め先をさっさと退職してしまったことを悔いた。

こんなことなら、関わっていたプロジェクトも最後まで尽力できたのに、と歯噛みした。

挙式し、籍も入れたが、まだ情勢は落ち着かない、と私の渡航は延期のまま。

無職で実家に居続けるのも苦痛で、派遣の仕事に出ることにしたのだった。

いつ辞めて潤也の下へ行くことになるか予定の立たない私には、半年契約の仕事はちょうどよかった。

 

仕事の内容は、数字の入力作業がほとんどで

必要以上の責任もなく気は楽だが、物足りなさもあった。

元々いた会社では大きなプロジェクトの一員として若手ながらどんどん意見を出していたことを思い出すとやりきれない気持ちになったが、それも日が経つうちに薄まっていき、ひと月も通うと割り切って仕事をできるようになれた。

 

女子社員達は派閥があるようで、それぞれに固まっていて社内には微妙な空気が流れていた。

中でも白野さんという40代後半の女性はボス的な存在で、悪いことに私は彼女に最初から嫌われてしまった。

初日の自己紹介の時、バカ正直に、式は挙げたのだが内乱のせいで夫の下へ行けず、それで待機中であることを説明してしまった。

それは、私にとっては内心不本意な派遣の仕事を始めるにあたっての言い訳のようなものだったが、

独身の白野さんには、気楽な女の嫌味に聞こえてしまったらしい。

言葉の選び方が悪かっただろうか?いや、そもそもそんな事情を話す必要などなかったのだと後悔したが全ては後の祭り。

白野さんに完全に無視され、挨拶をしても「フン」と顎をしゃくられるだけの扱いになってしまった。

ボスの態度に習い、課の周りの社員も私に必要以上に話しかけることはなく、おかげで毎日、集中して入力作業ができ、早く仕上げることができたのだった。

気は楽だが、さすがにつらい。

辞めようかと考えることも度々あった。

関原さんと出会ったのは、そんな時だった。

 

 

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これまでの話

恋のようなもの 1

恋のようなもの 2

posted by める at 18:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚 | 更新情報をチェックする