2020年07月06日

「Bye Bye My Love(U are the one)」4

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【第10話】

日曜の昼の飲食街は、どこの店も混んでいて満席だった。
ビルの最上階を一周したが、結局、エレベーターで一階に下りることにした。

建物から出ると、強いビル風が吹いていた。
木村くんの背中に隠れて髪を押さえる。
彼が肩越しに振り返り、何かを言った。


「こっち。」


強風で、よく聞き取れない。


「え?」

「こっちに。」

「聞こえない。」


次の瞬間、木村くんの長い腕が私の肩を包んだ。


「こっちですよ。こっちにいい店があるんです。」


抱き寄せられて、一瞬、頭の中が真っ白になった。
きっと顔が赤い。上を向けない。

彼の腕のぬくもりを感じて、心の真ん中に冷たい水が、ぽとりと落ちた。
・・・・まずい。
これは、いけないわ。

早足になって、彼の腕の中から抜け出る。


「いい店?」


笑顔を作り、微笑みかける。


「うん。とっておきの秘密の店に案内しますよ。」

小さな路地を抜けた行き止まりにある洋食屋。
小さな看板の小さなお店。
昭和の中頃から、そこだけ時間が止まったようなレトロな空間。

驚いたような顔をしている私に木村くんは得意げに言った。


「おいしいんですよ、ここ。」


重いガラスのドア。真鍮のノブを押して開けると、目の前に厨房。
糊のきいた真っ白な仕事着のシェフ達が笑顔で迎えてくれる。


「いらっしゃいませ。2階へどうぞ。」


狭いきしむ階段を上がり、丸いテーブルの席につく。
赤いギンガムチェックのテーブルクロスが、かわいい。
差し向かいに座って、どちらからともなく笑顔になる。

ふわりとした黄色い卵でくるまれた大きなオムライス。
トマトケチャップがたっぷりかかっている。

白い紙ナプキンで丁寧に包まれたスプーン。
なにもかもが、懐かしく、気持ちをほぐしてくれる。


「おいしいね。」


一口食べて、思わず言うと、


「でしょう?」


満足げに木村くんはうなづいた。


「知ってる人は知ってる有名な老舗の洋食屋さんでね、
俺は高校が近かったから、ここに時々来たりしましたよ。」

「そうなんだ。」

「もう8年くらい来てなかったけど・・・、全然かわってないや。
店も、味も。」


そう言って優しい目で私を見つめた。
私も少し微笑んだ。
でも、その瞬間、私にはわかった。


彼は、今、別の女の子の影を見た。
私を通して、高校の時の彼女を見た。

気づかないうちに浮気され、突然、別れを告げられたと話してくれた、
あの彼女だ。

きっと、木村くんは彼女とこの店に来た。
そうして、このテーブルにつき、少し緊張しながら食事をしたのだ。

本当のことを言うと、
私もこの店には来たことがあった。


木村くんたちよりも、ずっと前。
もう16年も前のこと。
結婚する前、付き合っていた恋人に連れてきてもらった。


その時はロールキャベツを食べた。
それがこの店の名物だと恋人が言った。
そう、あの隅のテーブルだった。
まだ付き合い始めて間もない頃だ。
私は少しはにかみながら、ぎこちなくナイフとフォークを使っていた。
彼の話す声、彼の吸う煙草の香り、私の頬に触れる彼の指の感触・・・


木村くんの口元、そう言えば彼に少し似ている。
時々、前歯で唇を噛む仕草も、そう言えば・・・。


見つめているうち、段々と木村くんが彼のように思えてくる。


あれあれ?
だから私は、木村くんに親しみを感じていたのかしら?
私達はお互いに昔の恋人の姿を重ねて見ていたの?

見つめ続けていて、木村くんがヘンな顔をした。
穴が開くほど、黙って見つめてしまった。しまった。
思わず照れ笑いすると、木村くんがギクリとしたような顔をした。


これまで私達はお互い、過剰に心を許し合えた。
それがなぜだかわからず、私は少し怖かった。
だけど、その理由が少し解けて・・・安心していた。


【第11話】

翌週も、木村くんが平日に代休を取ったので、お昼を一緒に食べた。
朝、子どもが登校した直後にメールをもらい呼び出されたのだが、
この日、彼が代休を取ることは聞いていたので、
前日の夜からパックをしたりマニキュアを塗り直したり、密かに用意をしていた。
メールが着た瞬間は飛び上がりそうに嬉しかった。


今度は平日だったのでファッションビルの最上階のレストランも空いていた。
しかし、見晴らしはよいが、味はこの前の洋食屋と比べ物にならない。

そこで、もう一度、あの店に行きたいね、という話になり、
その次の週も、彼と会った。


その日はいったん出社した後、昼から出張で、木村くんはスーツ姿だった。
いつものラフなスタイルと違って、とても頼もしく感じる。

会って、食事し、話すだけ。
ただ、それだけのひと時。
だけど、それがとても楽しい。

木村くんは時々、私の肩を抱くが、ほんの一瞬で、
それは彼の癖かもしれない、と思った。
アメリカでは、その程度のスキンシップは特別なことじゃないのかもしれない。
変に意識する方が余計、妙だ。
私もなるべく気にしないことにした。
内心、毎回、ドキドキしていたのだけれど。


ところが、その日の別れ際、


「来週は無理だなぁ。仕事が詰まってるんですよ。」

「うん、月末だもんね。」

「土曜も・・・ごめんなさい。英会話に伺えないんです。」

「え?そうなの?」

「土曜は、用ができてしまって・・・。」

「そっか・・・。」


がっかりしたその時、彼が私の肩を抱いた。
不意を突かれて驚き、私の体がビクンと震えた。
すると、彼の手に力がこもった。
いつも私はすぐに彼の腕の中から抜け出す。木村くんもその程度にしか私に触れない。
なのに、今、彼は私を離すまいとしている。


私は慌てふためき、体を動かせないでいた。
こんなふうに抱かれるのは怖い。とても怖い。


無理矢理、振り切るように彼から離れた。


「じゃあ、さよなら。出張、気をつけて行ってらっしゃい。」


早口で目を見ずに言うと、


「うん。・・・じゃ。」


彼も私の顔を見ずに別れた。


その翌日の朝だった。
朝刊の第一面に、上島常務が贈与収賄罪で逮捕された記事がデカデカと掲載されたのは。


【第12話】

「商社と政治家の癒着」 「闇の賄賂献金 腐敗した体質」


大きな活字が朝刊の一面に踊り、上島常務の顔写真がニュースにも流れた。
朝食時に、いつも見ているテレビ番組でもトップニュースとして報道され、
主人はマグカップを持ったまま、画面に見入った。

あの上島常務が・・・。
突然のことに驚き、私も胸が締め付けられるような気持ちで、うろたえた。

上島常務は、木村くんの婚約者のお父様なのだ・・・。


「ねぇ?!一体、どういうこと?」


思わず、主人に聞くと


「俺が知るわけないだろう!?」


怒鳴られた。
主人はそのまま黙って、パンを口の中に押し込み、席を立ち、
出掛けに、玄関先で私に言い含めるように命令した。


「いいか?もし、近所の人に何か聞かれても『わからない』とだけ言うんだぞ。
余計なことは絶対にしゃべるな。」


そんなこと、言われなくったって本当に「わからない」んだから。
聞きたいのは私の方なのに・・・。


娘を学校に送り出してからも、気分が落ち着かず、テレビニュースを見ては胸を痛めた。
木村くんに電話したかった。
でも、きっと彼は今、私と話をしている場合ではないはず。
そこで、思い立ち、美香子に電話をかけた。


美香子もニュースを見たと、電話口で興奮していた。


「しかし、これで木村くんの結婚話も破談ね!」


あはは、と笑って美香子が言った。


「よかったじゃない?」


返事はできなかった。
こんなことになるなんて。複雑な気持ちで、ため息をついた。


電話を切ってから、さらに落ち着かなくなり、コーヒーを入れた。
ダイニングテーブルに両肘をついてカップを持ち、コーヒーの刺激的な香りを胸に吸う。
濃く入れすぎた気がして、ミルクを足す。


テーブルの脇に置いた携帯を眺める。


木村くんは今日は出張。
どんな予定で動いているかわからない。
せめて何日間で帰ってくるのか聞いておけばよかった。
土曜の英会話のレッスンにも来れないと言っていたのは出張のせい?
それとも、別の用事?
ああ、どうしてあの時、聞いておかなかったのだろう。


頭を抱えて、昨日の出来事を思い出す。
・・・彼に強く抱かれた感覚が肩によみがえる。
彼の手のぬくもり。
その手の力に込められた彼の意思・・・・。


・・・・その手を振り切って、私は逃げた。
そうだ、私は逃げたのだ。

彼は去り際、私を見なかった・・・。


携帯が鳴るのを、ずっと待っていたが鳴らなかった。
二日後、美香子から電話が来た。


「例の、上島常務の件。
あれね、聞いたのよ、松島さんに。」


「松島さん?!美香子ったら、まだあの人と付き合ってたの?」

「まさか!もう、とっくに別れたわよ。久々にちょっと電話しただけ。」


松島さんは秘書課のエリートで、確か今も社長の秘書をしていると聞いた。
結婚前、美香子は既婚だった松島さんと少しの期間、不倫していた。
それは社内で私だけが知っている秘密だ。


「それで、松島さんが言うにはね、
木村くんの縁談は破談にならないだろう、って。」

「・・・そ、そうなの?」

「上島常務の前の常務の田中専務も、その前に常務だった今の社長も、
みんな、やってたわけよね。贈賄はさ。」

「・・・・・・。」

「それをさ、上島常務は全部自分の責任だと言って、社長や専務の名前は出してないらしいよ。
あの人らしいよね。」

「確かに、ね。」

「この事件、ほとぼりが冷めたら・・・、上島常務は関連会社の社長に出向だろう、って。
それも、本社に近い会社のね。」

「社長?」

「『御礼』ってわけよ。」

「・・・・・・・まさか。」

「そんなもんらしいわよ?」


本当なんだろうか?
もし、それが本当だとしても、だから破談はない、と社内で噂される木村くんが哀れだった。

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2002年に書いたサザンの曲を基にしたオリジナルの物語です。

全18話。

posted by める at 19:14| Comment(0) | 恋愛・結婚 | 更新情報をチェックする
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