2020年07月06日

「Bye Bye My Love(U are the one)」2

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【第4話】

「ふ~~ん、なるほどねぇ・・・。
その彼女ってのも、なかなかの曲者じゃないの?」


リビングのテーブルに頬杖を付き、
含み笑いをして美香子がアイスコーヒーのグラスのストローをクルクル回す。
カラカラと氷の立てる音を聞きながら、相変わらず口が悪いな、と思う。

美香子はOL時代の友達。
課は違ったが、同じ部署で気が合った。
会社帰りに飲みに行ったり、カラオケに行ったり。
お互いの恋の相談や仕事の愚痴を言い合った仲だ。

美香子は私より一年早く結婚し退職したが、まだ子供に恵まれていない。
そのせいか、独身の頃と変わりなくきれいだ。
ストレートの髪も、よく手入れされた爪も。

偶然にも隣町に住んでいるので、しょっちゅう我が家に遊びに来てくれる。
同居のお義母様と一日中、顔をつき合わせていると息苦しいというのが本音らしい。


足を組んで座り、少し首を傾げる。
美香子のきれいな首筋が伸び、チェーンが揺れ、
アンティークな飾りのついた石が光った。


「見てみたいわね、その女。」


自分の胸のうちを洗いざらい美香子に話してしまったことを、少し後悔した。
が、同時に美香子が「その女」と言い放ったのに、胸がすく思いを感じずにはいられなかった。

木村くんの大切な彼女・・・だから、悪く思っちゃいけない・・・

そう押し込めていた気持ちが開放された。
・・・やはり、正直に、
私にも彼女の態度は不快だった。
なぜ、木村くんが彼女を恋人に選んだのか、
結婚しようとまで思っているのか、とても不思議で解せない。


あの雨の誕生日以来、ここ数日、胸の中でモヤモヤとしていたものが、やっと形になった。

指先でストローをつまみ、グラスの中の氷をつついて沈めて遊ぶ美香子。
彼女の大胆でストレートなところが好きだ。
ためらってばかりの私の一歩先をいつも行く。


「アイスコーヒー、おかわり入れようか?」

「いいわよぉ~、胃が悪くなっちゃうじゃない。」


電話が鳴った。
主人からだった。
夕べ持ち帰った仕事の書類を家に置き忘れたので、すぐに会社に届けて欲しい、とのことだった。


「ごめん!会社に届けに行かなくちゃ。
こんなこと、滅多にないんだけど。ごめんね。」


急なことに慌てて、戸締りを始めた。外出用バッグの中身を確かめる。


「私も行く。」


美香子が立ち上がった。


「え?」

「行くわ。絶好のチャンス!その受付嬢を見てやる!!」


嬉々として、その気になっている。
美香子がポーチを開け、口紅を塗りなおすのを見て、私も簡単に化粧直しをした。
もしかしたら、木村くんに会うかもしれない・・・・
勝手に鼓動を早める心臓を制御できなくて焦る。

電車を乗り継ぎ、オフィス街へ。


「久しぶりだわぁ!案外、変わってないわね。」


ビル風に髪を押さえながら早足で美香子と並んで歩いていると、まるであの頃に戻ったよう。
自由気ままに買い物や恋を楽しみ、この街を我が物顔で闊歩していた10年前に。


壁面一体がガラス張りになった社屋。
自動ドアが開き、空調のきいた空気に包まれる。
2階まで吹き抜けのエントランスホールの左奥に受付がある。

「あの子ね?」と美香子が目で合図する。
軽くうなづき、私はギュッと唇を結ぶ。

「あの、企画課の森内の家の者なのですが。」


うつむいていた彼女に声を掛けた。
隣りに座っていたもう一人の受付嬢の方が先に私を見た。


「あ。森内課長の・・・」


ぼそぼそとした小声だが、私のことは覚えていたらしい。


「先日はどうも。」


勝気な彼女の瞳に負けず、微笑みかけてみたが、
彼女は愛想笑いを浮べることもなく、さっと目をそらした。


「・・・・・森内課長ですね?お待ち下さい。」


急にマニュアル口調になり、はっきりと話したので思わずのけぞった。


数分後、主人がやってきて書類を手渡した。
美香子が一緒だったのに驚いていたが、すぐさま、仕事場へと舞い戻っていった。
主人の額にうっすら汗がにじんでいたのを見て、一生懸命、働いてくれているんだな、と実感した。


オフィスを出て時計を見ると、もうお昼だったので、
昔、よく通ったランチのおいしい店へ行ってみることにした。


変わらずにその店はいろいろな会社の制服を着た若いOLでいっぱいだった。
メニューも値段も味も変わってなかった。
食後にエスプレッソとプチケーキがつく。
それがこの店の人気の理由だった。


エスプレッソの小さなカップを持ち、美香子が香りを愉しむ。


「想像通りの女だったわ。」


女の子たちの話し声で、ざわざわした店内だが、誰かに聞かれやしないかとドキリとする。
お構いなしに美香子は続ける。


「見た?あのリング、ピアス、脇においていたバッグも。
・・・それから靴!」


一瞬にして、それだけをチェックしていた美香子が恐ろしい。


「全部、ブランド物。それも、わかりやすいったら・・・。
雑誌で見たのを、そのまま買ってるんだわ。」


馬鹿にしたように鼻で笑うが、私には、どこのブランドの物やら、さっぱりわからない。
それに当の美香子だって、あれもこれもブランド物のはず。
基本的に似たもの同士なだけに、妙に闘争心を燃やしてしまったようだ。


「言葉遣いもなってないし、仕事ができていないじゃないの。
あんなのが、よく受付に座ってるわねぇ?」


それは正直、私もそう思ったけど、加速していく美香子の毒舌にハラハラする。


その時、隣りのテーブルから


「ぎゃ~~~っ!サイッテーーー!!」


女の子が声を潜めて叫ぶのが聞こえた。


「ほんともう、信じらんない~~!バカじゃないの?!
木村くん!!」


ドクンと胸が鳴った。 静かに横を伺うと、主人の会社の制服の若い女の子が4人、
頭を寄せて、よく聞こえるヒソヒソ話をしていた。



【第5話】

それからしばらく、私たちは黙って、ゆっくりとカプチーノを飲んだ。
そうしているだけで、隣りのテーブルの会話は、全部、聞き取れた。


「上島常務がさ~~」


上島?
上島さんは、私たちが働いていた時、営業3課の課長だった人だ。
押しの強いワンマンタイプ。
常務にまで上り詰めたとは知らなかった。


「娘は『パパが決めてくれた人と結婚するぅ~』って言ってるってニヤついてたよ。」

「げぇ~~~っ!」

「『だって、そうしたらパパが全部、お金出してくれるんでしょ?』だって!!」

「何よ?それ。」

「そんなこと言って笑ってんのよ?親バカにも程があるわよねぇ!?」

「娘もサイテー。」

「彼女だったら、言いそうだわ。」


この時、やっと気づいた。
あの彼女・・・木村くんの婚約者の彼女が、上島さんの娘であることを。


「木村くん、常務のお気に入りだもんねぇ。」

「ほんとは常務が結婚したいんじゃない?」

「やめてよ!気持ち悪い~~!!」


女の子たちはケタケタ笑ったが、私の顔は蒼白になっていった。
美香子もそれに気づいたようだ。


「ほんとに結婚するの?あの二人。」

「するって言ってたわよぉ?
 新婚旅行はヨーロッパ9日間の旅だって自慢げに言いふらしてたわ、彼女。」

「バッグと化粧品、買いに行くんじゃないの?」


美香子が深くうなづいて見せた。


「木村くんも、あんな顔して、結構、世渡り上手よね。」

「打算で結婚?」

「きゃ~~っ!サイテー!!」

「彼女、言ってたらしいよ。『ダメだったら別れたらいいしぃ~~』」

「なんで、そんなんで結婚すんのかねぇ!?」

「ほんともう、信じらんない~~!バカじゃないの?!木村くん!!」

帰り道、何がなんだかわからなくなって、地面の上を歩いている気がしなかった。


「気にしないの!女の子たちの勝手な噂話よ。
 ほら、昔、私たちもよく話したじゃないの、そういう話。」


美香子はそう言ったが、
女の子たちの噂話の情報が、いかに速くて的を得ているか、私は知っている。

その日も主人の帰りは遅く、娘が眠った後だった。

食事の用意を整え、先に娘と夕食を済ませている私はお湯のみを手にテーブルの向かいに座る。
が、主人は新聞かテレビを見るだけで、私の顔など見ない。
近所で聞いた話などをしても、うるさそうにするだけなので、私も話をしなくなった。

思い出したように主人が口を開いた。


「今日、悪かったな、書類。ちなつが帰るまでに間に合ったのか?」

「十分、間に合いました。」


この人ったら、娘の時間割を全然知らないのね?
今日は6時間目まであるから、下校は3時半。
それに、「悪かった」じゃなくて「ありがとう」と、なぜ言えないの?


「あのね。」


思い切って聞いてみよう。


「受付のお嬢さんって、上島常務の娘さん?」


「あ?ああ、木村の婚約者だろう?
 派手な感じが父親似だよなぁ!」


そう言われてみれば、我の強そうな目元がそっくりだ。


「木村もうまいことやったもんだよ。
 あいつもあれで、将来、間違いなしだ。」


食器を洗い終わると、もう11時半。
ベランダに出て、ふと見上げると天空に黄色い三日月が浮かんでいた。


私はスーツ姿の木村くんを知らない。
知っているのは、ジーンズにシャツを羽織って、照れたように微笑む木村くん。

これまで見てきた彼は幻だったんだろうか?

彼は本当はずるくて、計算高くて、貪欲な人間なんだろうか?


雲ひとつない澄み切った夜空に、月の光が冴える。
何も言わずに星たちが瞬く。

ふいに吹いてきた夜風に髪を撫でられ、
涙がこぼれそうになり、はっとした。


彼のことで胸がいっぱい。
こんなふうに好きになったりしていいわけないのに。
気持ちがとまらない。どうしよう?
・・・想うだけなら、自由かしら?


今、この時間、同じ月を眺める木村君の姿が心に浮かび、
今頃はきっと、彼女と電話で話しているに違いない、と思い直した。


【第6話】

このところ主人は土曜も毎週、休日出勤だ。
転勤前に片付けておかなければならない仕事が山積みらしい。
以前も土曜は大抵ゴルフで、早朝から夕方まで留守だった。
私にとっては、あまり変わりない。

おかげで木村くんとの英会話レッスンをゆっくり楽しめる。
今日は娘のちなつが友達と図書館へ行く約束をしたと、
スイミングから帰ってお昼を食べると慌しく出かけて行ったので、
食後のコーヒーを入れてからも、木村くんはのんびりとくつろぐようにダイニングの椅子に掛けていた。

週一回のレッスンも、もう数回重ねて、
木村くんは、我が家のシュガーポットが戸棚のどこに置いてあるかを覚えたし、
私は、木村くんが考えごとをしながら話す時、
右手の中指でトントンと軽くテーブルを叩く癖を覚えた。

最近仕事が忙しい、と伸びをしながら木村くんがため息をついた。
昨日の夜、話題のテレビドラマを見そびれたと言うので、
あらすじを話してあげた。
来週は主人公の恋人同士がいったん別れるんじゃないか?
いや、それとも・・・と、ひとしきりドラマの話で盛り上がり、
それから、木村くんはつぶやくように言った。


「・・・俺、時々、彼女の気持ちがわかんないんですよね。」


それはそうだろう、と思った。が、黙って聞いた。


「女の人って・・・よくわからないな。」

「あら、私のこともわからない?」


顔を上げた木村くんと目が合う。
少し唇を開けたまま、言葉を選んで何も言えないでいる彼がいとおしい。
思わずいじめたくなる。


「私は『女の人』じゃないかな?」


木村くんが何かに気づいたような顔をした。私をまじまじと見つめた。


「僕・・・、こんなふうに女の人と普通に話せたの、初めてだ。
高校の時以来・・・かな?」

「『俺』でいいわよ。」

「うん。」

「女の子の友達はいなかったの?」

「・・・女の子は・・・よくわからないから。」

「何か・・・裏切られるようなことがあったの?」


瞬時に木村くんの表情が固まった。
聞いてはいけないことを聞いてしまったのかとハッとした。

少しの間をおいて、
木村くんは少しずつ話し始めた。
彼のつらい失恋の話を。

高校の時、付き合っていた彼女が自分の知らない間に浮気をしていて、
ある日突然、別れを宣告された。

その話を彼は少しずつ少しずつポツリポツリと話した。
テーブルの上に置かれた右手が、ずっと握り締められている。
きっと彼は、この話を今まで誰にもしていなかったのだろう。
私にだから心を開いて話してみようと思ってくれたのだ。
その気持ちが伝わってきたので、小一時間の間、私は席を立たず、
彼の話をただ、じっと聞いた。


「バカみたいな話でしょう?」


話し終わって彼は自嘲の笑みを浮かべ、照れて言った。
私は抱きしめてやりたい衝動に駆られたが、黙って首を振り、彼を見つめた。

「どうして春香さんには何でも話せちゃうのかなぁ?!」

「彼女には?話せないの?」


木村くんの顔から笑顔が消えた。
あの彼女は自分の話は聞いてもらいたがるくせに
人の話は聞かないタイプだろう。
それがわかっているのに、こんな質問をする私は意地悪かしら?


「春香さんと話すみたいには話せない。」


それで、どうして付き合ってるの?!と聞きたくなって言葉を飲み込んだ。
やはり、上島常務に見込まれて勧められた縁談だから断れないのかしら?
だけど、結婚ってそういうものじゃないでしょう!?
あなたはそれで本当にいいの?後悔しないの!?
・・・湧き上がってくるいくつもの言葉をこらえ、唇をかんだ。

木村くんの瞳を覗き込むように見つめる私を彼も見つめ返す。
テーブルを挟んで手を伸ばせば届く距離で差し向かい、言葉も出せないでいた。

ため息と共に木村くんが言った。


「春香さんが彼女なら、なぁ・・・・。」


直後に木村くんが自分の漏らした言葉に慄然とした顔をした。
それを見て、その言葉が彼の本当の本音であることを知り、
その瞬間に、私の胸の中に大きな赤い薔薇が花開いた。

苦しいような甘い幸福感に胸が満たされて行く。
世界の空気が乳白色に変わって行く。

ばつが悪そうに木村くんが言い訳をした。


「だって・・・本当にそう思うんだもん。」


少年のように素直な口ぶりに、私も素直な気持ちを返したいと思った。


「私も木村くんが好きよ。」


言ってから、あまりにもストレートな言葉に自分で驚いた。
木村くんも目を大きくした。
そして、とても嬉しそうな顔で笑った。
溶けるような微笑に私もとろけた。
胸の薔薇がいっぱいいっぱいに咲き誇る。

と、突然、
彼の右手が伸び、私の左手に触れようとした。

慌てて腕を引っ込めたその時、玄関のドアがガチャリと開く音がして、
飛び上がるほど驚いた。

時計を見れば、もう夕方!
主人が帰って来てもおかしくない時間だった。
こんな時間まで話していたことに気づかなかった。
彼との時間は水が流れるように早い。


「おお、木村、ご苦労さん。ずいぶん遅くまで教えてやってくれているんだな。
今日は昼からだったのか?」


挨拶とあいまいな言い訳をし、うつむきながら木村くんは大きなバッグを肩に掛け、
そそくさと玄関に向かった。
いつものように見送りに行ったが、彼は私の顔を見ずにドアを出た。
胸にチクリと痛みが走る。
追いかけて行きたい気持ちは理性で押し込めた。


リビングに戻ると


「お茶。」


主人がさっきまで木村くんが座っていた椅子に掛けて新聞を広げて言う。

まだ片付けていなかったテーブルの上の客用カップを下げ、
日本茶の茶筒を戸棚から出す。


「いつも、こんな時間までやってんのか?」


主人ににらまれ、片頬が引きつる。


「木村くんの恋の相談に乗っていただけよ。」


無表情で抑揚のない声で返事。決して嘘ではない。


「あ~~?恋の相談?!ふふん。」


露骨に馬鹿にして鼻で笑う主人に本気で腹が立った。
胸に咲いた薔薇を踏みにじられたようで、はらわたが煮えくり返る。
急須にポットのお湯を注ぐ。立ち上る湯気が私の怒りのようだ。


「真剣に聞いてやることないぞ?
適当に返事してりゃいい。わかったな。」


命令口調で主人が言うその裏には、上島常務の影が見えた。
主人もこの縁談が、どういうものかを知っている。
たぶんきっと、社内の人は皆、気づいているのだ。

本人同士はまだ心が通い合っていないのに、上島常務の強引さで、
どんどん進められていく縁談に木村くんは、ただ流されている。

あなた、ほんとにそれでいいの?

襟元を両手でつかんで揺さぶり、目を覚ましてやりたい。 だけど・・・
そんなこと、できるわけない。


台所に立ち、お米を研いでいると、

「春香さんが彼女なら、なぁ・・・・。」

木村くんの声が耳の奥で聞こえてきた。

「私も木村くんが好きよ。」

自然とそう言ってしまった事を思い出し、今更ながらに赤面した。

あの時、手を伸ばした木村くんは何をしようとしていたの?
もしも、主人が帰って来なかったら、あの後、どうなっていたの?

そこまで考えて、わからなくなってしまった。
あまり考えたくない気もした。

片思いだと思っていた気持ちが実った喜びに、ただ震えていたかった。
胸の奥の薔薇を大切にしていたかった。
だって、だからといって、どうなる関係でもないんだもの。
彼女とは気持ちが繋がらないと言う木村くんの気持ちが私と繋がった。
それだけでいい。


インターホンが鳴り、ちなつが帰った。
胸の薔薇をしまい、『母』の顔に戻る。
薔薇は、一人の時にだけ、ゆっくりと眺めよう。



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2002年に書いたサザンの曲を基にしたオリジナルの物語です。
posted by める at 17:17| Comment(0) | 恋愛・結婚 | 更新情報をチェックする
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